青い春に夏をみる

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"これは、私がいなくなったあとのために書いておこうと思います。めんどくさがりやなので、更新は一ヶ月に一度にしたいと思います。まず、私の寿命は、あと六年です。十八歳までしか生きることができません。でも、死ぬわけではないんです。 私の存在が、みんなの記憶から消えてしまうということです。私の記憶の中には、みんなとの思い出が残っているので、死ぬことより残酷な感じがするかも。だって、死んだとしてもみんなの記憶には残るでしょ。だから、正直こわくて仕方ないです。 もしかしたらみんながこれを読んで私のことを思い出してくれるかもしれないから、私はここに記録を残していこうと思います。" 何回も消して加筆したような跡があり、年季の入った彼女の青春簿は種明かしから始まっていた。 "四月十五日 本当は、一ヶ月に一回だから月の終わりに書こうと思ってましたが、言わなくてはいけないことを忘れていました。私の病気は不治の病のように書いてしまいましたが、そういう訳でもないんです。 限りなく、無いに等しいですが私もそれを望んでいます。 片瀬夢叶くんに私はメッセージを送りました。夢叶くんに、私は会ったことはありません。気づいた時には、それを送っていた記憶がありました。夢叶くんは、誰から送られてきたものなのか分かっているのかは私にもわかりません。 でも、彼にメッセージを送ることができたってことは、治る可能性があるんじゃないかってことを信じたいんです。 これが伝えたかったことです。 " 六年以上越しの答え合わせにどうにもできない虚しさが僕の中に走った。名前が分かっていて、会えば分かるのなら、彼女はすでに僕の姿が頭に浮かんでいたことになる。僕が知らない世界で。 これ以降の月で、僕の名前が出されることはなかった。普通の中高生の日誌のように続いていた。日誌の空気感が変わったのは、最後の三ヶ月あたりだった。 大人っぽくなった字体で綴られたその日記は、書き始めた最初の頃からの成長を感じさせた。 "十月二十八日 気づけば、夏が終わっていて夜も過ごしやすくなってきた感じがします。今日は、いつもとは違うことを書いていきたいと思います。 楽しい時間をいっぱい過ごしてきて、忘れそうになる時もあったけど、残りの時間も六十日くらいになってしまいました。二ヶ月っていうよりも六十日って言った方が早く時間が来るような気がして残りの時間を大事に過ごそうって思えるからそう考えるようにしています。 私にしては、よく続いてるなとこの日記を書くたびに思えます。やっぱり、人って人との繋がりがなくなることが一番こわいのかな。本能っていうやつなのかな。だってさ、めんどくさがり屋の私がこんな六年の間、毎月欠かさず同じことをすることなんて他のことだったらできないもん。 最近は、一人になっても大丈夫でいられるように、一人の時間を意識的に作るようにしています。そうじゃないと、急にそんな生活をすることなんて耐えられなさそうだから。 でも、やっぱりそんなふうになるなんて信じたくないな。" 中途半端に終わったに終わっていたその日記をみて、今すぐに助け出したいと思わず立ち上がった僕は、この日記が過去の話であることに気づいてしまったという事実が悔してたまらなかった。学校での出来事を書いていないあたり、この頃の彼女の頭の中がどんな様子だったかが鮮明に伝わってきた。 "十一月二十四日 前の月も違う書いたと思うけど、今回もそんなようなことを書こうと思います。本当は、身近にあったこととか書きたいけど、でも、心の整理をしなきゃって思っちゃったから… だから、昔の話をしようと思います。 ちょうどこの頃だったような気がするんだけど、線香花火をしたことがあったの。今から考えれば、何やってるんだかよく分からないけど。でも、鮮明に残ってるんだよね。 もともとは、線香花火なんてする予定じゃなかったはずなんだけど。 あの日さ、私は幼馴染にふたご座流星を見に行こうと誘われてさ。今から考えればさ、こんなに明るいところで見えるはずなんてないのに二人で丘の上に立つ公園に向かったんだよね。 星を見るにはやっぱり周りが明るくて私たち、天体望遠鏡も持ってなかったからさ、寒空の下でただ上を見上げてたの。 私たち何やってるんだって、バカみたいだねって。 そんな時、その子が私にこう言ったの。 ごめん、呼び出したのはふたご座流星群をみるためじゃないんだ。それは、夜に外出するための親への口実で。 だから、私、思わず言っちゃったんだよね。 それって私関係ないじゃん。私には本当の理由言ってくれてもよかったんじゃないって。 そしたら、どこに持ってたのか彼は、線香花火を取り出して私の前に差し出したの。 一緒にこれをやりたかったんだ。 彼がそう言ったのに対して、私、勘違いしちゃったよね。 私と一緒にやりたかったってこと?って。私、こう見えても昔から意外とロマンチストだったりするからさ。 そしたら、彼は真顔でこう言ったの。 一緒にやりたいのはそうなんだけど… だってさ、こんな馬鹿なことに付き合ってくれるのって一人しかいないじゃん。 そんなふうに言われて一人で恥ずかしくなってた思い出があったかな。 でも、季節外れの線香花火もよかった思い出があります。 夏より生きてる時間が短くて刹那的な所とか。 これは今の感想かな。でも彼との思い出としては私の中で強く残っています。 忘れてほしくないな。この思い出も私のことも。"
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