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「進藤さん、ピアノが死ぬほど好きって言うのが、口癖だったって。それって北条さんも同じで、ホントは死ぬほど歌が好きなんじゃない?本心は逆で、でもずっと我慢して、溜め込んで、自分に呪いをかけてる。そんなのバカみたいじゃないか」
「なによ!人の気も知らないで!」
そう、知らない。でも今日は、言いたいことを最後まで言わせてもらう。
「もう進藤さんのために、自分を犠牲にするのはやめなよ!」
「違う!」
「違うってなにが!」
「私は!私に怒ってるだけ!」
「なんで?進藤さんのことは、仕方ないことで。誰も責めたり、しなかったんでしょ?」
「違う!私のせい。私が酷い顔したせい!」
「酷い顔?」
「琴美は最初、ちょっとミスしただけ、それは大したことないの。けどその瞬間、目が合ったの。そして私が台無しにしたの!見せちゃったから!自分の気持ちを!」
ああ、そういうことか。昨日の小林さんを思い出した。
「一瞬でも、私は責めるような、そんな酷い顔をしちゃったのよ!その後よ、琴美の演奏がダメになったのは。だから全部、あの時の演奏は私のせい!顔に出さなければよかったのにって!傷つけずにすんだのにって!後悔して!でも取り返しつかなくて!だから!ずっとずっと、悔しくて悔しくて!自分に怒ってるのよ!」
ああ。なんなんだ。まったく。
頭に血が上って顔が熱くなる。
そんなこと知っちゃったら、僕はいつもの僕でいられなくなって、らしくないことしちゃうじゃないか。
いま僕は、絶対交差することのない平行線をねじ曲げて、踏み越えようとしてる。
断ち切りたいと願っている。
関わることなんてないと思っていた。
無頓着な僕が、彼女を見てたら、なんだか心配させられて、イライラさせられて、なんでもっと上手く出来ない?とムキにさせられる。
でもそれも、あれもこれも何もかも、僕がそうしたいと思うことなんだ!
そんな僕のワガママ押し付けて。
彼女の手を掴んだ。
「いたっ、ちょっと!何するの?!」
「引きずってでも連れてく!僕が勝手に、北条さんを巻き込むと決めた!」
「なんで!」
繋いだ北条さんの手に力を込める。
「僕に怒っていい!泣いてもいい!全部僕のせいにすればいい!それでもう一度、やり直すんだ!僕がそうしたいだけなんだ!」
「ずるいよ、そんなの」
ゆっくりと、釣り合う力が僕に傾いてる。一歩、踏み込んだ足場をもう一歩。
振り返ってどんな顔してるか見たいと思うけど、僕の顔は見せたくないから、ずっと前だけ向いて歩き続けた。
「うん。ずるいね」
引く力がふっ、と軽くなる。
きっと僕は、どこまでいっても脇役だ。
でも彼女には、共演したいと思わせる、主役であって欲しい。そんな引き立て役にならなってもいいと思う。
みんなと脚光を浴びて歌う。ソプラノ。
不思議とそんな絵を思い描けるんだ。
彼女の手が、ぐっと強く握り返すから。
了
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