僕が勝手にそうすると決めた。北条さんを巻き込んで、脚光を浴びせたいと思ってしまった脇役なんだから。

12/12
前へ
/12ページ
次へ
「進藤さん、ピアノが死ぬほど好きって言うのが、口癖だったって。それって北条さんも同じで、ホントは死ぬほど歌が好きなんじゃない?本心は逆で、でもずっと我慢して、溜め込んで、自分に呪いをかけてる。そんなのバカみたいじゃないか」 「なによ!人の気も知らないで!」 そう、知らない。でも今日は、言いたいことを最後まで言わせてもらう。 「もう進藤さんのために、自分を犠牲にするのはやめなよ!」 「違う!」 「違うってなにが!」 「私は!私に怒ってるだけ!」 「なんで?進藤さんのことは、仕方ないことで。誰も責めたり、しなかったんでしょ?」 「違う!私のせい。私が酷い顔(・・・)したせい!」 「酷い顔?」 「琴美は最初、ちょっとミスしただけ、それは大したことないの。けどその瞬間、目が合ったの。そして私が台無しにしたの!見せちゃったから!自分の気持ちを!」 ああ、そういうことか。昨日の小林さんを思い出した。 「一瞬でも、私は責めるような、そんな酷い顔をしちゃったのよ!その後よ、琴美の演奏がダメになったのは。だから全部、あの時の演奏は私のせい!顔に出さなければよかったのにって!傷つけずにすんだのにって!後悔して!でも取り返しつかなくて!だから!ずっとずっと、悔しくて悔しくて!自分に怒ってるのよ!」 ああ。なんなんだ。まったく。 頭に血が上って顔が熱くなる。 そんなこと知っちゃったら、僕はいつもの僕でいられなくなって、らしくないことしちゃうじゃないか。 いま僕は、絶対交差することのない平行線をねじ曲げて、踏み越えようとしてる。 断ち切りたいと願っている。 関わることなんてないと思っていた。 無頓着な僕が、彼女を見てたら、なんだか心配させられて、イライラさせられて、なんでもっと上手く出来ない?とムキにさせられる。 でもそれも、あれもこれも何もかも、僕がそうしたいと思うことなんだ! そんな僕のワガママ押し付けて。 彼女の手を掴んだ。 「いたっ、ちょっと!何するの?!」 「引きずってでも連れてく!僕が勝手に、北条さんを巻き込むと決めた!」 「なんで!」 繋いだ北条さんの手に力を込める。 「僕に怒っていい!泣いてもいい!全部僕のせいにすればいい!それでもう一度、やり直すんだ!僕がそうしたいだけなんだ!」 「ずるいよ、そんなの」 ゆっくりと、釣り合う力が僕に傾いてる。一歩、踏み込んだ足場をもう一歩。 振り返ってどんな顔してるか見たいと思うけど、僕の顔は見せたくないから、ずっと前だけ向いて歩き続けた。 「うん。ずるいね」 引く力がふっ、と軽くなる。 きっと僕は、どこまでいっても脇役だ。 でも彼女には、共演したいと思わせる、主役であって欲しい。そんな引き立て役にならなってもいいと思う。 みんなと脚光を浴びて歌う。ソプラノ。 不思議とそんな絵を思い描けるんだ。 彼女の手が、ぐっと強く握り返すから。 了
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加