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「田沼さんと小林さんは合唱部だったっけ?」
マイナーな部活だけど、合唱祭の立役者はやはり合唱部員だろう。彼らが各クラスの歌唱力を底上げしてくれてるのは想像に難くない。
「普段から脚光を浴びる人気者はいいのよ。ほっといても目立つから。でも目立たない子たちに、主役が回ってもいいはずじゃない?地道にやってる分、恵まれて当然だと思うの。あの子たちとか。ね」
そうかもしれない。
でも、誰しも主役になりたいわけではない。いい例が僕だ。主役を演じるのは大変だ。大変なことはあまりしたくない。ゆえに僕は脇役で、なんならエキストラでも構わないと思う。
「それで彼女たちはね、みんなが主役になれるってことを知っているのよ。達成感とか、ステージで喝采を浴びる喜びとか。そのための練習なの。だから参加しない人たちに、そういうこと、ちゃんと伝えたいんだけどね」
この人はほんとに同級生なのだろうか。本当はもっと年上の女性が異世界転生してきたのでは。
「死ぬほど歌いたくないって。北条さん、言ってた」
ずっと気になっていたことを向山さんにぶつけてみた。眉がぴくりと上がった気がした。
「そう。まだそんなこと言ってるの。あの子」
呟やく声はどこか寂しそうで、どういうこと?って聞き返したかったけれど、「はーい。時間もったいないからー机寄せてー練習するよー」と声がかかってしまう。
「案外、好きで居続けるのって、難しいのかもね」
また訳の分からんことを。
ふんと鼻を鳴らして言い捨てる。向山さんの手がはらりと離れるのが視界の隅に入った。輪の中心に入ってゆく彼女の姿が、なんだか北条さんと被る。握られた跡がくっきりついてしまったプリーツスカート。そこだけは、ずっと熱を帯びている気がしていた。
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