木曜日

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 まだ人がまばらな内に職場に着いた。後はお互い更衣室に分かれてしまえば万事オーケーだと油断していたのがまずかった。「あれ?」と背後から聞こえた声に晴香はビクリと肩を跳ねさせる。 「おはようございます、二人とも早いんですねー」  遠藤と橋口が晴香の両脇に陣取るとスルリと腕を絡めてきた。 「なになに日吉さん一緒に出勤なの?」 「あっやしーなー」 「もしかして二人朝帰りですー?」  ニヤニヤとした顔で聞いてくる橋口に晴香は「まさかー」と笑うが、頬が引きつりそうになるのを抑えるのに必死だ。冗談で言っているのは分かるけれども、冗談ではないのだから笑えない。 「あれ? 葛城さんそのネクタイ昨日と同じじゃないです?」 「目聡いな遠藤」 「え!? ほんとに!?」  晴香の腕を抱き締めたまま橋口が身を乗り出す。うわ、と晴香は踏鞴を踏むが橋口は気付かない。葛城のネクタイをじっと見つめ「ほんとだ」とポツリと呟いた。  どうしてこの人達は先輩のネクタイを把握してるんだろう、と晴香はいっそ感心してしまう。自分なんて二年も傍にいるのに覚えてなどいない。何色の、どんなデザインのスーツを着ているかもそうだ。それと同時に、こうして他人に覚えられる程見られている葛城が少しばかり気の毒でもある。気楽な格好とかできないんだろうなあ、とそんな風に同情の眼差しを向けられていたのもそこまでだった。 「昨日コイツの家に泊めてもらったんだよ」  普段の逆襲とでも言わんばかりに葛城からとんでもないボールが飛んできた。なんてことを、と叫びかけるがそれより先に橋口と遠藤が大声をあげる。 「えええ!?」 「葛城さん!?」 「久々の定時あがりで浮かれてたんだよなあ。日吉と一緒に飯食ったり飲んだりしてたら寝落ちしかけてさ。家が近くだって言うから転がりこんでた」 「日吉さんって一人暮らしでしょう? そこに転がり込むってちょっとそれは」 「そうですよ葛城さん、いくら職場の先輩だからって年下の女の子の家に泊まるって普通だったらアウトですからね!」 「葛城さんだからいいにしても」 「俺ならいいのか?」 「葛城さんは日吉さんにヘンなことしないじゃないですか」 「まあな」  お酒なんて一滴も飲んでいないしヘンなことしかしてないくせにどの面さげて、ってその面ですよね知ってたーイケメンに笑顔で言い切られたらそれが嘘かどうかなんてどうでもよくなりますもんね知ってましたー、と晴香は目の前で繰り広げられる会話を遠い目で眺める。すると矛先が晴香に向けられた。 「日吉さんもいくら相手が職場の先輩でもちゃんと断っていいんだからね!」 「そうよ! ほんと葛城さんだから大丈夫だったけど、これ他の男だったら襲われる危険性あるんだから!」  襲ってきたその人めっちゃ襲ってきましたむしろその目的のためにうちまで来たんです、と言えたらどんなに良かったか。
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