671人が本棚に入れています
本棚に追加
ダン、と晴香はテーブルを両腕で叩く。しかし顔は俯いている。耳どころか首まで赤く染まった顔を見せる度胸を晴香は持ち合わせていないのだから仕方がない。
「あ、っと、う……あああああああ!」
中条に聞きたい事はあれども羞恥心が限度を超えすぎて言葉が詰まる。額までをもテーブルに打ち付け晴香は身悶えるが、そんな目の前の奇行に逆に落ち着きを取り戻したのか、中条が先んじて答えを返してくれる。
「見てれば分かるって」
より一層恥ずかしい。ぐおおおお、と地を這うような声が漏れてしまう。いやでも待って、と晴香は思い出した記憶に顔を上げた。
「見てればって……でも誰もわたしと先輩のことに気付いてませんでしたよ?」
「だからだよ」
「はい?」
「あんまりにもいつも通りだから、葛城は日吉ちゃんを捕まえただけで最後まではシてないんだなって分かったの」
「な……んで」
「葛城とそうなったら日吉ちゃん動揺するでしょ、それこそ今みたいに」
ぐうの音も出ない。それどころか晴香はピクリとも動く事ができず、ただ中条の話を聞くだけだ。
「体のこととか、その辺も考えて今は我慢してるんだろうと思うよ葛城は。だからこそ、もう我慢しないって決めた時は止まらないから」
そう言う意味で葛城を「信用」しすぎない方がいいからねって話――
中条に筒抜けだったことも含めて恥ずかしすぎて死にたくなる。
そんな話を思い出してしまったがために、不意打ちで元彼と再会してしまった事など晴香の中からは完全に消え去っていた。
◇◇◇
元彼の存在は最早無きに等しい状況であるが、とんだ伏兵が現れてしまい晴香は居心地が悪い事この上ない。無碍にするにもできない相手――友人の職場の先輩、に何故か異様に絡まれている。
「あれー? 日吉……晴香ちゃん、だよね? あんまりグラス減ってないけどお酒苦手?」
友人との会話で名前を知られてしまった。だからと言ってそこで即座に下の名前で呼んでくるとは馴れ馴れしいのではなかろうか。見事なまでの愛想笑いで流すがグイグイとメニューを押しつけてくる。本気で面倒くさい。友人の職場ではイケメンエリートとして人気であるらしいが、言動が軽くて彼女は嫌っている。たしかに軽いなと晴香も思った。自分の所で言えばちょうど一課の吉川と同じに感じ、週頭の出来事を思い出し自然と眉間に皺が寄る。
「竹原さんあんまりこの子に絡まないでやってくださいよ。人見知りなんですってば」
「そう言うなよ坂下ぁ」
「私達は女子会中なので空気読んでください」
「冷たい! 坂下が冷たい! ね、晴香ちゃんどう思うこういう後輩」
最初のコメントを投稿しよう!