二回目の金曜日・1

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「この子恥ずかしがり屋なんですよー」 「そうそう、好きな相手ほど名前で呼んだりできなくって」 「変なあだ名勝手に付けて呼ぶんです」 「むしろ愛情の表れよね!」  全くもってそんな事は無い。「先輩」呼びが抜けないのは単に癖付いているからに過ぎないのだが、今は沈黙を貫くのが最適であるからして晴香はもう一度えへへと笑った。  その後も竹原が何事か話題を振ってくるがそれを適当に流しつつ、晴香は手にしたままの携帯をそっとテーブルの下で弄る。 【先輩がウザすぎて帰りたいです】  今すぐ逃げたい一心でそんなメッセージを送ってしまった。すると即座に返信が届く。 【喧嘩売ってんのか?】  一瞬なんの事かと考えたが、即座にこれでは葛城相手を言っているようだと気付き慌てて「友達の会社の先輩です」と文字を打つ。しかし送信する前に新たに画面が反応する。 【お前今どこだ? 迎えに行く】  おそらくこれはちゃんと理解してくれている。葛城以外の「先輩」を指しているのだと。やっぱり先輩はすごいなあと嬉しくなり、晴香は笑みを浮かべながら店の場所を入力した。 ◇◇◇  葛城に店の場所を送信した直後、竹原が席を外した。トイレに行ったのか煙草を吸いに出たのか。正直どちらでも晴香には関係ない。店を出るならこのタイミングしかないと晴香は急ぎ荷物を纏めた。 「ごめんね晴香、竹原さんがほんっっとごめん!」 「ううん、むしろわたしの方がごめん!」 「いいよいいよ、今日はもう三枝も来れないって連絡あったし、また今度みんなでゆっくり飲もう?」  とにかく早く出た方がいいよ、と言ってくれる友人達の言葉に遠慮なく甘える。とりあえず自分の分の会計だけ置いて店を飛び出た。葛城からはすぐに迎えに行くと連絡を貰っているが、そもそもどこから来るのかが分からない。葛城としては店の中で待っていろと言うつもりだったのだろうが、晴香はもう一秒たりともあの場にいたくなかった。  周囲を見渡すが当然葛城の姿は無い。外で待つには肌寒さを感じるのでこれはひとまず近場のカフェにでも入って待つか、と晴香は一歩踏み出した。その背にまさかの声がかかる。 「晴香ちゃん」  いっそ無視すればよかったのだが、晴香はつい振り向いてしまった。追いかけて来るとは思ってもいなかったのだ。 「これ晴香ちゃんのじゃない?」  声の主、竹原が晴香に薄いピンクのハンカチを差し出す。落とし物じゃないかと思って、と言葉だけなら親切心によるものだから、晴香の物ではないけれども素直に感謝の念を伝えられたのだが。  見つめてくる目が明らかにわざとであると言っている。古いナンパの常套句ですかと晴香はいっそ笑うしかない。 「あれ? バレちゃった?」  かっこ悪いな-、などと苦笑する竹原に「本当ですね!」と言えたらどんなにスッキリするだろうか。もういいかなあ坂下も嫌ってるって言ってたしこれ以上我慢する必要もないよねえでもわたしも大人になったからここはやっぱり我慢、と晴香はどうにか自制する。しかしそれを竹原自身が踏み越えて来るのだからどうしようもない。
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