二回目の金曜日・1

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「お前なにやってんだ」  反射的に閉じていた瞳はその声に即座に開かれる。 「先輩!?」 「酔っ払ってんのか? 俺のいない所で飲むなって言ってるだろ」  転びかけた晴香の背中を支えているのは葛城で、そしてそんな事言ってませんよね? と思わず突っ込みそうになる晴香の頭を引き寄せるとこめかみに軽く口付けた。ひ、と漏れ出た悲鳴はそのまま頭ごと腕の中に閉じ込め、今度は頭頂部に口を寄せる。 「迎えに来るのが遅れたな、悪い」  声が甘い。それこそベッドの中で聞いた声よりも甘いかもしれない。竹原と寒さのせいで全身鳥肌が立っていたが、今の晴香は羞恥のために熱くて堪らない。今顔を見せれば真っ赤どころの騒ぎではないだろう。仕方なしに葛城にしがみつく腕に力が籠もる。 「せんぱい」 「どうした?」 「……おれの女アピールがひどすぎるんですが」 「俺の女アピールしてんだよ。させろよ外にいる時くらい」  小声での会話ではあるが、それでも距離が近いので竹原には筒抜けだ。仮にも付き合っている者同士の会話としてどうなのだろうかと、晴香はそっと視線だけを動かした。すると竹原は先程までのやたらと自信のあった顔は消え失せ、なにやら挙動不審に陥っている。 「どうも?」  あ、なるほどと晴香は察する。葛城の腕の中に顔を埋めたままなのでその表情までは窺えないが、声の質からして最大級にヤバイやつで間違いない。自分よりも身長が高く、自慢の顔面偏差値も上で、そして容赦なく放たれる威圧感。呑まれた時点で相手の負けだ。 「ええと、はる……日吉さんの彼氏、さん?」  おっと途端に名字呼び、と晴香は竹原の身の代わりっぷりに小さく拍手を送る。分かる、こんなブリザード全開のお前ぶち殺すぞな先輩を前にしたら全力で日和る、日和るわー、とかつての自分を思い出してしまう。 「ああ。コイツになにか用でもあるのかな?」 「いえ、その、ハンカチ、忘れてるかなって思ったら違ったみたいで!」 「本当にお前のじゃないのか?」  竹原と晴香に掛ける声があからさまに違いすぎる。これはこれで鳥肌立つんですけど、と叫びそうになるのを飲み込んで晴香は「はい」とだけなんとか答えた。 「わざわざ外まで追いかけてきてもらって悪かったな」  威嚇がすごい。竹原は完全に尻尾を巻いた負け犬状態で「いいえ」とだけ返して急いで店の中に逃げ帰る。その背が完全に消えると、葛城は晴香の頭をポンポンと叩いた。 「行ったぞ」 「……ありがとうございました」 「ほんと悪かったな、も少し早く来てやれなくて」  晴香は静かに頭を横に振る。むしろ早すぎたくらいだ。 「歩けそうか?」  はい、と頷くが晴香はその場から動かない。葛城にしがみついた腕もそのままだ。 「日吉?」  訝しんだ葛城が腕を緩めると、その隙間から見える晴香の耳は真っ赤に染まっている。ブハ、と吹き出す声に晴香は悔し紛れの言葉を吐く。 「やっぱり先輩チンピラじゃないですか……!」 「それが穏便に助けてやった俺に言う台詞か」  ギリギリと腕の力を絞められ晴香の頭部が悲鳴を上げる。バシバシと葛城の体を叩いて解放を求めるがしばしそのままで、故意にとはいえ周囲に漂っていた甘い空気は見事に霧散した。
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