二回目の金曜日・1

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「先輩すごく早かったですけどどこにいたんですか?」 「あー……お前がどこで飲むのか聞いてなかったからいつもの居酒屋だな。結果的に近かったから良かったけど」 「中条先輩と飲んでたんです?」  葛城のマンションへの帰り道。晴香に問われ葛城は「いいや」と短く返す。 「今日は飲んでない」 「え、めずらしい」 「こないだも飲んでねえだろ」 「っ、あれは……!」  さ、と晴香の頬に赤みが増す。向かう先が葛城の部屋と言う事は、つまりはこれから先待っているのは日曜日に宣言された通りの物である。ただでさえ妙な緊張感で心臓はずっとうるさいままなのだからこれ以上動揺させるのはやめて欲しい。恨めしげに背中を睨み付けるが、軽く横目で見られただけで後は鼻で笑われた。 「まあなんだかんだ言っても先輩もそろそろ休肝日をもうけた方がいい年頃ですもんね」 「日吉ぃ」  晴香の憎まれ口にいつものごとくで返すが、これは機嫌を損ねているどころかむしろ逆の声で、その事に晴香は「あれ?」と首を傾げる。 「なんだよ?」 「ナンデモナイデス」  なにを不思議に思ったのか自分でも分からない。なので晴香は違う疑問を投げかける。 「中条先輩はどうしたんですか?」 「お前から喧嘩売ってんのかよって連絡来たから置いてきた。今頃あいつも帰ってんじゃねえか?」 「なんだかすみませんな感じですね」 「別にいいだろ。中条となんていつでも飲めるし」 「そうですけど、せっかく二人でいたのに」 「なんだよお前やけに中条気にしてんな?」 「え、普通では?」 「……昨日の帰りもなんかおかしかったなそう言えば。俺のいない間になに話してた?」  ギクリ、と思わず肩が跳ねる。葛城の眉間の皺が一つ増えたのを感じ、晴香はこれはマズいと話題を反らす。 「別になんてことないですよーってなんですかそんなこと気にするってもしややきもちですか」 「そうだ、って言ったらどうする?」 「マジですか」 「少なくとも半分はマジだなあ」 「中条先輩ですよ?」 「でも、だよ」 「器が」 「小せえ男だよどうせ」  からかう素振りもなければ、照れた様子もない。淡々と紡がれる言葉はしかしじわりと晴香を浸食する。ドクドクと速くなる鼓動と共に頬に熱が集まるが、暗い夜道でそして前を向いたままの葛城にはどうやら気付かれていない。 「むしろ浮ついた俺から解放されて喜んでたけどな」  なにがですか、と晴香が問うがそれに葛城は問いを重ねてきた。 「なんで飲まなかったと思う?」  気付けば葛城の部屋の前だ。鞄から鍵を取り出しカチャリと回す。一旦は終わった話をここで繰り返す意味とは。 「そういう気分じゃなかったとかじゃなくて? なにか理由あるんですか?」  葛城はドアを軽く開けるとそのまま晴香の腕を緩く掴む。 「そんなの決まってんだろ」 「なんです?」 「お前を素面で抱くためだよ」  静かな声音に反して力強く腕を引かれ、晴香は声を出す暇もなく中へと引きずり込まれた。
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