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先輩余裕じゃないですか! と晴香は意を決して葛城の両肩を全力で押した。少しだけ離れた顔と顔の間にすかさず掌を滑り込ませると、途端に葛城の眉間に皺が寄る。しかしここで負けるわけには晴香もいかない。
「せんぱい、ちょ……ステイ! ステイですステイ!!」
ぐ、と前のめりになったまま、そして晴香の掌に口を覆われたままそれでもなんとか葛城は動きを止める。これむしろ先輩の方こそ野生動物なのでは? ついそう考えてしまう晴香に対し、嫌なのか、と無言で問いかけてくる葛城の視線の強さといったらない。これは反らしたら即仕留められるやつだと晴香は気圧されながらも叫ぶ。
「先輩ここ玄関ーっ!!」
葛城の目付きが若干緩む。キスをするのが嫌なのではなく、玄関という場所でなければ、せめて部屋の中でお願いします、と今度は晴香が無言で訴える。
真っ赤な顔で、そして潤んだ瞳でじっと見つめる事しばし。葛城の体から力が抜け、そのまま晴香の頭の上の扉に額を押しつけた。
「……先輩?」
「悪い……がっついた」
声がこれまで聞いた事がないトーンで、晴香は首を動かした。が、そのまま押さえつけられる。これ前もあったな? と蘇る記憶は己の恥ずかしすぎる記憶も犠牲にするが、おかげでこれは先輩が照れている時の声だと思い出す。
「先輩もしや照れてます? ねえ、照れてますよね!?」
見たい。貴重な照れ顔とか見たいに決まっている。晴香はもがくがそこまでバレていて葛城が許すはずもない。晴香の頭を押さえたまま器用に上着を脱ぐとそのままグルグルと顔に巻き付ける。うわ、と驚く晴香を無視しさらに膝から持ち上げるとそのまま部屋へと入って行く。晴香の靴はこれまた器用に片手で脱がせて床に落とした。
リビングのソファに晴香を乱雑に降ろしたのは完全なる八つ当たりでしかない。
「わたしの扱い方が雑すぎでは!?」
「取り扱い注意のシールが貼ってなかったからな」
顔から上着を剥ぎ取るとすでに葛城はいつもの顔をしている。見逃した、と悔しがる晴香にうるせえとだけ返して葛城は玄関へと向かう。靴でも片付けているのかと思えば、突然の事に落としたままの荷物を持って戻ってきた。
「風呂の用意してくる」
だからお前も準備してろ、とバスルームへ消える背中を思わずぼんやりと見送った後、晴香は慌ててバッグの中から着替えを取り出した。
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