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腕を念入りに洗う事に集中しすぎた。時計が無いのできちんとした時間は分からないが、それでも気付けばかなりの時間が経っている、ような気がする。急いで髪と体を洗い、シャワーで泡を流す。せっかく湯船に湯を張ってくれているのでそれにも肩までつかると少しだけ気持ちも落ち着いた。
「先輩あがりました」
「おう、遅かったな。のぼせてんじゃねえかってそろそろ踏み込むところだったぞ」
リビングに戻りそう声をかけると、ソファに腰掛けたままノートパソコンを弄っていた葛城が顔を上げる。晴香はそれを目にした途端、無言で腕の中の服を床に置き、バッグの中から携帯を取り出した。
「先輩」
「ん?」
ノートパソコンをテーブルに置いて立ち上がった葛城を呼ぶ。振り返った途端シャッターを切った。
「……事務所通せよ」
「いやいやいやなんですか先輩自宅では眼鏡ってなんですかあざとい! 先輩があざとい!!」
「なんだそれ。ただのブルーライト用の眼鏡だぞ」
「なるほどそう言うのにも気を遣わないといけないお年頃」
「うるせえ……ってお前なにしてる?」
晴香は携帯を操作している。単に写真を撮っただけではない動きに葛城の眉が片方だけ上がった。
「先輩の眼鏡オフショットとかレア中のレアじゃないですか」
「だから?」
「先輩と中条先輩の写真をですね、同期の女子に送ると喜ばれるんですよ」
「おい」
「そしてそのうちわたしにちょっと豪華なおやつとして還元されるというシステム」
「肖像権って知ってるか」
「いいじゃないですかヘンなの送ったりしてないですし」
「……お前がいいならいいけどな」
その言葉が妙に気になり晴香は携帯から葛城へと視線を動かす。
「俺の眼鏡オフショットなわけだ」
「そうですね?」
「しかもその位置からだと部屋の中身も写ってんだろ?」
「はあ……」
「俺の自宅でオフショット、をどうしてお前が撮れたんだろうなあ?」
ニヤリと笑う葛城の顔が悪い。その凄味に思わずポチリと送信ボタンを押してしまったが、同時に言われた意味を理解して晴香は叫んだ。
「あーっっっ!! まっ……う、うわああああああ!!」
葛城のプライベートな写真をどうして撮る事ができたのか。晴香の部屋を訪ねた事もある同期もいるからして、ここが別の場所だと言うのもバレてしまう。先日の出来事は思わぬ形で誤魔化す事ができたが、さすがにこれは無理だろう。突っ込まれること間違いない。
「あ……っぶな!!」
既読が付く前になんとか画像の削除に成功した。せっかく風呂に入ってさっぱりしたのに全身汗だくだ。そんな晴香の頭を軽く叩いて葛城がバスルームへと向かう。
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