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「おい日吉」
「なんですか!」
「長風呂してたんだからちゃんと水飲んどけよ。あと髪も乾かせ」
「……先輩おかあさんですか」
「お前の飼育員だよ」
「えー」
全力で不服の声を上げるも広い背中に弾き飛ばされた。葛城が洗面所からドライヤーを、そして冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを取り出し晴香へ渡す。
「男の風呂なんてカラスの行水だからな。グズグズしてるとすぐ出てくるぞ」
「ちゃんとゆっくり入ってきてくださいよ」
「俺としてはもう今すぐベッドに」
「お風呂! 先輩も仕事あがりで薄汚れてるんだから綺麗にしてきてください!!」
「薄汚れって」
「薄汚れた先輩から小綺麗な先輩になるまで近付かないでくださいね」
「ひでえ言い草」
それでも晴香の言葉がツボに入ったのか葛城は楽しそうに肩を揺らしながらリビングから出て行った。その背を見送って晴香もソファに腰掛ける。言いつけ通りに水分を摂った後ドライヤーで髪を乾かす。コードが腕に触れ、意識がそこに向く。そうすると消えたはずの嫌悪感がまた蘇り晴香は顔を顰めた。
ドライヤーを置いて袖を捲る。タオルでしつこく擦ったからか他の場所よりも赤くなっている。ただの気のせいだと分かってはいるが、それでも気持ち悪さが拭えない。
もう片方の袖を掌半分まで引き延ばし、ごしごしと肌を擦ってみるがやはり変わらない。
「日吉?」
不意に掛けられた声に肩が大げさに跳ねた。宣言していただけあっての行水っぷりで出てきた葛城が怪訝な顔をしている。
「お前なにやって……!」
晴香の赤く擦れた腕に気が付き大股で近寄る。
「先輩今日はちゃんと上も着てるんですね」
「お前が騒ぐからな、って腫れてんじゃねえか! 痒いのか?」
「……いえ、そうじゃないんですけど」
「ああもう、ちょっと待ってろ」
掴んでいた晴香の腕を離し頭をポンと一つ叩くと葛城はキッチンへと向かう。冷凍庫から保冷剤を取り出し再び近付いてくる姿をぼんやりと眺めながら、晴香は掴まれたばかりの自分の腕を触る。
「とりあえずこれで冷やせ」
首にかけていたタオルで保冷剤を包むと晴香の腕を取りそこに押し当てる。流れるような動作にさすが飼育員さん、とついそんな事を思ってしまった自分に呆れてしまう。
「どうした? 冷たすぎるか?」
晴香は首を横に振る。
「先輩」
「ん?」
「保冷剤はいいので、そのままわたしの腕を掴んでくれませんか?」
葛城をじっと見つめれば怪訝な顔はするものの言った通りに動いてくれる。下から支えるように腕を持ち、親指の腹でそっと赤くなった場所を撫でる動きに晴香は微かに息を飲んだ。
「痛むか?」
「痛いっていうか……その、気持ち悪くて」
「気持ち悪い?」
「ええと……あの人に掴まれたのが気持ち悪かったなって」
あの人、が誰を指すのか葛城にも伝わったらしく眉間に深く皺が寄る。
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