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「お前の友達の」
「会社の先輩です」
「……一発殴ってやればよかったな」
さすがにそこまでは、と晴香は苦笑を浮かべた。
「俺が触ってるのは平気なのか?」
「そう、そうなんですよ先輩!」
ズイ、と近付けばその勢いに驚いたのか葛城が若干仰け反る。
「あの人に触られたり耳元で言われた時はこれが虫唾が走るってやつか、ってくらい気持ち悪くてゾワゾワしたのに先輩だと全くそんなことないなって」
「耳元って、なに言われたんだ」
「なんだっけかな、体の相性は自分との方がいいかもよとかなんかそんな」
「本気で殴ればよかった……」
「先輩顔がこわい」
「好きな女が他の男にちょっかいかけられてたんだぞ、平静でいられるか」
「だからー! 先輩すぐそんなこと言うー!!」
途端に赤くなった顔が恥ずかしくて晴香は腕を掴まれたまま俯いた。その時にふと思い出す、先週言われた言葉。そうか、と今度は勢いよく顔を上げる。
「なるほど先輩これですね!?」
「落ち着け、話が欠片も見えねえ」
「ほら、前に先輩が言ってたじゃないですか! 嫌いな人に触られたら嫌とか気持ち悪いってしか思わないって!」
「あー……ああ?」
「ほんとあの人に触られた時って気持ち悪いってしか思わなかったのに、先輩だと全然そんなことなくてむしろ触って欲しいなって思って」
「……おう」
「触られてもくすぐったかったり気持ちいいなってしか思わないからやっぱり先輩のことが」
そこまで口にして晴香は動きを止める。続く言葉が喉の奥で詰まって出てこない。
「俺のことが?」
晴香の腕を掴んだまま静かに見つめているだけだった葛城がそっと先を促す。
「先輩のことが……」
――好きなんだなと思いました
途端、晴香の全身が朱に染まる。反射的に逃げ出そうとするが、腕を掴まれているので当然無理だ。しかし半端な動きで脚がソファから落ち、そのまま体が引きずられる。うわ、と飛び出た声は床に落ちるが、晴香の体は葛城の腕の中にあり床への落下は免れた。
しかし今の晴香にとっては床の方が良かった。むしろ床に逃げたい。
「俺のことがなんだよ?」
腕は掴んだまま、そして抱き寄せた状態で葛城が耳元で囁いてくる。これはもう答えは見事にバレている。なのにあえて訊いてくるのだから性格が悪い事この上ない。
「……やっと好きだって自覚した?」
「あああああああ!! 耳、が、溶ける!! 先輩離してえええええ!!」
「馬鹿言うなこの状態で離したらお前逃げるだろ」
部屋から飛び出して外まで一目散で逃げる姿が容易に浮かぶ。葛城は腕の拘束をさらに強めた。
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