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自己中な彼女
顎を擽る、ゆかりんの掌が気持ちいい。ボクは……激おこだった筈なんだけど、なんで怒っていたのか、もう忘れちゃった。
「お誕生日おめでとう、ユウちゃん」
彼女に促されて、テーブルの上に乗って、お皿の中の白い塊に鼻を近付ける。甘い匂いに混じって、美味しそうなお魚の匂いがする。
「このケーキね、じゃがいもの生地の中に、マグロが練り込まれているんだって!」
ゆかりんを振り返ると、期待に満ちた眼差しがボクを見詰めている。ペロリ。白い表面を舐める。柔らかくて、ちょっと甘い。歯ごたえはなく、モグモグする間に口の中から消えてなくなった。ヘンな食べ物だ。だけど、ボクが気になっているのは、中から漂うお魚の匂い。思い切って、甘いフワフワに顔を突っ込む。ガブリと囓ると、口いっぱいにお魚の味が広がった。なにこれ、美味しい!
「わぁ、食べてくれた! 良かったぁ」
意地汚くガツガツと貪りながら、空腹だったことを思い出した。いつものカリカリのご飯と違うけど、これも好きだな、ボク!
「ユウちゃん、ユウちゃん、こっち見て?」
背中を撫でられて、瞳だけ上げると、いつの間にテーブルを回ったのか、ボクの正面にゆかりんの笑顔がある。
ピロリン
彼女が構えた薄い板がピカッと光る。うわっ、ボク、これ嫌い! なんかコワいし、眩しいんだ。
「やめてよぅ!」
抗議の声を上げて、咄嗟にテーブルから飛び降りる。
「わっ、ユウちゃん、待って待って! 手にクリームいっぱい付いてるからぁ!」
今度は、ゆかりんが大きな声を出した。びっくりして、部屋中を駆け回り、最後に壁際にあるキャットタワーを、ポンポンポンと3段駆け上った。
「いやぁ、もうっ。あちこちベタベタじゃん……」
ボクを見上げる彼女の目が、三角形になっている。えっ、なんで? ボク、なんか悪いことしたの? 分からないよ……。
気持ちが沈むと、ベタつく掌を不快に感じ出し、甘ったるい顔の周りの匂いが鼻についた。お座りして丁寧に舐め、ヒゲの先まで綺麗に掃除した。見下ろせば、ゆかりんは絨毯に這いつくばって、ボクが付けた白いスタンプを1つずつ拭き取っている。
彼女の考えていることが、もっと分かればいいのに。ボクの気持ちが、もっと伝わればいいのに。
「ごめんね、ゆかりん」
ポンポンポンと3段降りて、ボクは四つん這いになっている彼女の腕に、頰をスリッと擦り付けた。
「ごめんね、ユウちゃん。スマホのカメラ、嫌いだったのに、あんまり可愛くて」
絨毯の上にペタリと座った彼女は、ボクを抱き上げると、膝の上に乗せた。大好きな白い柔らかな掌が顎を擽る。甘ったるい匂いがする。ボクは、ペロリと掌を舐めた。
「ふふ。ザラザラするよ、ユウちゃん」
彼女もボクも、おんなじ匂い。彼女の瞳の中には、もうおこはない。
「大好きだよ、ゆかりん」
ボクは瞳を細めると、ゴロゴロと喉を鳴らした。
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