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かぐや姫、お月見するってよ
「ねえ側近、今日は十五夜って言って、月を見ながらお団子を食べる日らしいわ」
「そうらしいですね」
理想の殿方を見つけるため、地球について調べるかぐや姫のマイブームは、地球の祝い事を真似することだ。
ひな祭りのひな人形。
こどもの日の鯉のぼり。
七夕の短冊。
どれもこれも、かぐや姫にとっては心をくすぐるものだった。
「見て側近、これが十五夜の写真よ!」
「買ったんすか」
「夜空に美しく輝く丸いお月さま。それを見ながら食べるお団子。こんなの絶対楽しいわよ! さあ側近、今すぐお団子を買ってきて! 私たちもお月見をするわよ!」
かぐや姫は今夜訪れるであろう楽しい未来を思い描き、ウキウキで仕事を進めていく。
「姫様、お月見って、夜空に浮かぶ月を見るんですよね?」
「当たり前じゃない」
「ここをどこだと思ってますか?」
「? どこって、月の国の……」
バサバサバサ。
かぐや姫の手から、大量の書類が落ちる。
そして、恐る恐る口を開く。
「え……もしかして……もしかしてだけど……側近……。私たちは……お月見が……できない……?」
「そうですね。今まで、夜空に月が浮かんでいるところ見たことあります? 地球しか浮かんでないじゃないですか」
「あ……あああああああ!!」
「外に出て、地面見てください。それでお月見です」
「嫌あああああ!? そんなの嫌あああああ!? そんなのお月見じゃなああああい!!」
かぐや姫はそのまま床に倒れ込んで、子どものように両手両足をじたばたと動かし始めた。
側近は、誰も部屋に入ってこない様に、速やかに部屋の鍵を閉めた。
側近の気も知らず、かぐや姫は床をごろごろと転がり回る。
ゴン。
「痛いっ!?」
そして顔面ごと壁に激突し、もだえ苦しんだ。
側近は大きなため息をつく。
側近の仕事は、かぐや姫にその才覚をいかんなく発揮させるための環境を整えること。
こんなぽんこつでも一国の王女で、仕事の能力に関しては右に出る者がいない才覚の持ち主なのだ。
「大丈夫です、姫様」
「……側近?」
側近は自信満々に一歩踏み出し、かぐや姫に優しい声をかけた。
「お月見、しましょう。姫様の仕事が終わる頃には、夜空に美しいお月さまを見えるようにしておきます」
「……本当?」
「本当ですとも。私が嘘を言ったこと、ありますか?」
「いっぱいあるわ」
「…………」
「…………」
側近の仕事がかぐや姫の環境を整えることなら、かぐや姫の仕事は側近を信じることだ。
二人は、固い信頼関係で結ばれている。
たった三十分の言い合いだけで、かぐや姫は側近の言葉を信じ、仕事を再開した。
二人は、固い信頼関係で結ばれている。
「ふう、終わった……」
かぐや姫は、グッと背伸びをする。
「お疲れ様です。お月見の準備は整っております」
それを見越したように扉が開き、側近が現れた。
「どうぞ、お城の外へ参りましょう」
かぐや姫は側近に誘われ、城の外へと向かう。
心の中は半信半疑だ。
「あら?」
城の外へ近づくにつれ、かぐや姫の耳に賑やかな声が聞こえて来る。
城の外の広場には、かぐや姫の両親に城の兵たち、そして城下町に住む民たちが集まっていた。
テーブルがずらりと並べられ、その上には美味しそうな月見団子と美しいススキが置かれていた。
「綺麗……」
そのままかぐや姫が空を見ると、そこには黄色く光る地球があった。
「……月?」
「本物ではありませんが……。広場一体に、色の見え方を調整する膜を張り、地球を月に見立ててみました。……いかがでしょうか?」
恐る恐る尋ねる側近に、かぐや姫はゆっくりと視線を向ける。
「最高よ! ありがとう、側近!」
かぐや姫の笑顔と弾んだ声に、側近はほっと胸をなでおろす。
「こんなに綺麗な月を、皆と一緒に楽しめる。こんなに幸せなことはないわ!」
そしてかぐや姫は、両親、兵、民たちの元へと早足で向かっていった。
「側近! 貴女も早くおいでなさいな! 早く来ないと、お団子を私一人で食べちゃうわよ!」
かぐや姫のはしゃぎっぷりに、側近はくすりと笑う。
そして改めて、かぐや姫に仕えられていることに感謝するのだ。
子供っぽいが、だからこそ純粋に民を思い、国を思い、それを言葉にできるかぐや姫に。
「今行きます。お団子食べすぎて、お腹壊したりしないで下さいよ」
その日、かぐや姫と側近は、楽しい夜を過ごした。
「……お腹痛い」
翌日、かぐや姫はお腹を壊した。
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