かぐや姫、お見合いするってよ

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かぐや姫、お見合いするってよ

「これは決定事項だ。異論は認めん」   「お、お父様!?」    焦ったかぐや姫の声を無視して、かぐや姫の父である月の国の王は部屋を出る。    かぐや姫に告げられたのは、火星の国の王子からの縁談話。  要するにお見合いだ。  しかし、王族間のお見合いは、庶民のそれとはわけが違う。  王族間のお見合いは、互いの相性を確認などではなく、既に国王感同士で婚姻を結ぶ算段が付いており、最後の儀式としての顔合わせという意味が強い。  つまり、縁談話が当人の耳に入った時点で、結婚は確定されたも同然なのだ。    自由恋愛を望むかぐや姫にとっては、地獄のような決定である。  しかし、一国の王の決定は重い。  かぐや姫が拒否できないほどに。    かぐや姫はその場に崩れ落ち、よつんばいになった。  頭はがっくりとうなだれ、全身で悲しみを表現している。  それを見る側近は、何も言わない。  言えない。  側近にできることはなく、どんな言葉をかけても気休めにさえならないと理解していたから。    しばし沈黙の時間が続く。   「あ……ああ……」   「姫様……」   「あんぎゃー! おんぎゃー!」   「姫様、お気を確かに! 幼児退行してます!」   「きゃっきゃっきゃっきゃ! まんまー! まんまー!」   「姫様あああああ!?」        側近がかぐや姫をあやすこと十分。  かぐや姫はようやく正気を取り戻した。  しかし元気は取り戻せない。  青白い顔のまま椅子に掛けて、背もたれにだらりともたれかかる。  一国の王女としても、常に気高く美しいかぐや姫としても、相応しくない姿ではある。  が、側近は何も言わない。  言えない。   「……嫌よ」    部屋に、かぐや姫の声が響く。   「……お見合いなんて嫌」   「姫様……」   「好きでもない人との結婚なんて嫌よ! 私は! 心から愛せる殿方を見つけて、幸せになりたいの!」   「姫様……」   「嫌よ! 嫌嫌! ねえ! なんとかしてよ側近!」   「すみません……私にはどうすることも……」    知っていた。  かぐや姫とて、そんなことを知っていた。  それでも側近に助けを求めたのは。    かぐや姫にも、理由はわからなかった。   「うわあああああああ!!」    かぐや姫は大粒の涙をこぼしながら、寝室へと走り、鍵をかけて閉じこもる。  誰も入ることのできない空間で、ベッドにもぐり、ひたすら泣いた。   「姫様……」    側近は、寝室の扉を見つめる。    そして、くるりと向きを変えて、歩き始めた。  国王の元へと。             「どうか、姫様の縁談話を、撤回いただくわけにはいきませんでしょうか?」   「聡明なお前が、そんな懇願をしに来るとは思わなかったぞ。答えはノーだ」    王座に座る国王に向かって、側近は九十度の礼をしたまま動かない。   「どうしても、でしょうか」   「くどい」    一介の側近が、国王に直接懇願など、無礼な愚行。  しかし、それでも側近は行った。  かぐや姫のために。   「これも、娘のためだ。理解しろ、側近」   「私の行動も、姫様のためで御座います」   「決定は変わらん。貴様の行動に言動、本来厳罰ものだが、娘のための行動であることから今回は不問としてやる。出ていけ」   「……失礼します」    だが、世の中に覆らないこともある。  王族のしきたりは絶対だ。    側近は、会話に応じてくれたことへの感謝と、己の無礼な行動の謝罪を込めて、さらに四十五度上半身を折った。  百三十五度の礼。        その瞬間、側近の胸ポケットから写真が一枚ひらりと落ちて舞った。    国王がキャバクラに入る瞬間のベストショット写真。   「あ、失礼しました」    側近は、宙を舞う写真を即座に掴み、胸ポケットにしまい、ゆっくりと退室を始める。       「待て、側近」   「はい」    が、側近の背中に、国王から声がかけられる。   「給料は、足りているか?」   「はい、充分に頂いております」   「休みは、足りているか?」   「はい、先日も休ませていただきました」   「何か、欲しいものはあるか?」   「姫様の幸せ、でしょうか」    国王は腕を組み、玉座の背もたれに体を預ける。   「娘に……縁談は……時期尚早だったかもしれんな……」    国王は、娘を慈しむような瞳のまま、一言呟いた。             「側近! 何かよくわからないけど、お父様から縁談話は白紙だって連絡が!」   「それはよかったですね」   「ええ! さあ、お父様の気が変わらないうちに、素敵な殿方を見つけるわよ!」    かぐや姫は、今日も素敵な殿方を探している。
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