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かぐや姫、マッチングアプリでマッチしたってよ
「そそそそそ、側近ー! ついに私も殿方とマッチしたわ!」
「それはそれは。おめでとうございます」
喜び勇みながらスマートフォンの画面を見せてくるかぐや姫に、側近は素直に祝福した。
スマートフォンの画面には、マッチングアプリで男性と女性がマッチした――つまり、互いに興味があるという合意がされたことを示す画面が表示されていた。
かぐや姫は、その画面を食い入るように眺める。
「地球の……日本という国に住んでる殿方らしいわ! あら、日本ってあれじゃない? 昔私が竹の中から生まれた場所も日本じゃない?」
「そうですね。同じ場所です」
「やっぱりそうよね! どうしよう、運命感じちゃう!」
その日から、かぐや姫はマッチした男性とメッセージをやり取りすることにのめり込んだ。
公務の合間、入浴中、移動時間もスマートフォンを手にし、メッセージが来ているかに一喜一憂し、なんとメッセージを返すべきかに常に頭を悩ませていた。
「側近様ー……。最近のかぐや姫様、常に心ここにあらずって感じでぼーっとしてて、ミスが多いんですよー。なんとかしてください……。このままでは、内政業務に支障が……」
「……今は、諦めてください」
月の住人たちが、思わず側近に陳情する程度には、マッチした男性とのやり取りにのめり込んでいった。
『趣味は、和歌や俳句。華道も少々嗜んでいます』
『前のお休みの日には、月にある公園に行きました。その公園にいるウサギがとっても可愛いんですよ!』
『好きな食べ物はお餅です。あなたは何が好きですか?』
やり取り開始から、一週間が経過した。
「そそそそそ!側近!側近!」
「なんですか。廊下を走ったりして、はしたないですよ?」
「ごめんなさい! でも、見てこれ! ついに、ついに『一度お会いしてみませんか?』って、殿方から逢引のお誘いが来たの!」
「それはそれは。おめでとうございます」
緩み切った表情で、今にも踊り始めそうなほど体がそわそわとしているかぐや姫を前に、側近は肯定しかできなかった。
国の経済はこの一週間で大きく崩れ、国民たちからも心配の声が上がり始めていることなど、かぐや姫は知らない。
メディアも、こぞってかぐや姫の体調不良説を取り上げていた。
『はい、今週末に、ぜひお会いしましょう』
逢引の承諾の返事をし、かぐや姫は浮かれに浮かれ、週末の予定に胸を躍らせる。
何を着て行こうか。
地球までの移動手段を準備しておかなければ、
地球でのマナーをもう一度復習しておかなければ。
万全の準備をしてその日を迎えるために、頭の中でやることを組み立てていく。
ピコン。
スマートフォンに通知が届く。
『ところで一つ、確認したいことがあるのですが』
マッチした男性から、メッセージが一通届いていた。
『はい、なんでしょう』
『もしかして昔、地球に来られて、竹取の翁と呼ばれる方の養女になられたことがあったりしますか?』
『え、ええ……。数百年前に、一度だけ』
『やはりそうですか。私、実は竹取の翁の直系の子孫でして。貴女とは先祖と子孫の関係に当たるようです。私の国だと、近親婚が禁じられており、貴女と将来を考えるのは難しいようです。申し訳ありませんが、このお話はなかったことにさせてください』
ガシャン。
かぐや姫の手にあったスマートフォンが、床へと落ちる。
側近が急いで拾い上げた際、目に入ってしまった画面から、側近は事情を理解する。
側近は、かぐや姫にスマートフォンを渡そうと手を伸ばす。
かぐや姫は固まったまま動かない。
しばらくの沈黙の後。
「ふ……ふふふ……」
かぐや姫は、笑った。
「糞アプリ!! マッチングアプリなんて糞アプリよ!!」
「姫様、言葉遣いがはしたないです」
その日、かぐや姫はマッチングアプリをアンインストールした。
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