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迎えた朝。
まず一番に飛び込んできたのは、橘さんの幸せそうな寝顔だった。
(………天使。いや、悪魔か……)
都合よく昨晩の記憶が飛んでしまっていたらどんなに良かった事か。残念ながら、お酒も飲んでいなければ、合意の上での、あれやこれや……。
徐にその髪に触れる。
彼女が昨晩、打ち明けてくれた話は、こうだ。
ずっと、女性が好きだった。けれど、それをひた隠しに生きてきた。イケメンと騒がれていた旦那さんに告白されて、付き合って、プロポーズされて、結婚して。オーダーメイドの家に、一人の時間。『誰もが羨む生活』ってやつは、自分にとっては、ただのハリボテで、空っぽなのだと。
自分の虚しさに気が付いた、と嗤う彼女の顔は、保護欲をそそった。「私が幸せにしてあげる」なんて、柄にもなく告げてしまいそうになった。誤魔化すように、唇を重ねる。丁度、冬の訪れを感じる、一肌恋しい季節だと言うことも言い訳に添えようと、指を絡めた。
重ねた唇を離せば、「嘘をつき続けたわたしを待っていた未来は、こんな虚しいものだった」と彼女が告げる。
私は。
私は、彼女の、なんだろう?
慰める為の、きっと、都合のいい存在で。
哀しくて、悔しいのに、そんな浅はかなところが愛おしい、くらいには……私もすっかり熱に浮かされていた。
不倫。
その不穏な二文字が。
先日よりもひしひしと実感を持って私を蝕む。
「……あれぇ? 起きてたの? おはよ」
目を擦りながら、彼女が笑う。
まるで、幸せな朝の風景。
私に、耐えられるだろうか。こんな、残酷なこと。反社会的なこと。誰かの心を傷付けること。怒らせること。
こんな、虚しいことを……。
それでも。
彼女に引き寄せられれば抵抗はなく、その思惑通りに唇を重ねる。
「もう少し、このまま……」
抱き寄せられれば、されるがままだ。ぎゅっと存外に強く、優しく、憧れの人の胸に抱き締められて。抵抗できる人間なんているだろうか。
ああ。溺れてく……。
温かい体温に。この、ハリボテの幸福に。この麻薬のような、その全てに。私は、それでも、満たされてしまった……。
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