それでいいの?

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今まで何かショックなことがある度に、私は京香を呼び出して酒を飲んだ。自己中な彼氏が浮気した時、就活で百社に落ちたとき、全てを忘れるまで京香と朝まで飲み明かした。 「今回は何? また変な男に振り回されたか」 京香は私の家に来るなり、そう言った。 「まあまあ。とりあえず飲もうよ」 テーブルの上に、つまみを並べる。ちょっと高級なチーズや、ちょっと高級なハム、本当は受賞のお祝いのために買ったものだったけど。 「さあ、それじゃあ飲もうか」 私と京香はテーブルに向かい合って座る。 「結局、何なのよ。この酒宴を開いた目的は」 「ふふふ。実は今日、小説の公募の結果発表があってね」 その言葉に、彼女の顔が少し強張る。 「なんと、見事に落選でしたあ」 いえーい。私は精一杯の笑顔で、バンザイする。 「ということで、今日も全て忘れるまで飲んじゃおう。ね」 明るくそう言ったものの、彼女はキョトンとしていた。 「ちょっと、どうしたのよ京香。ほら、乾杯しようよ」 「香織、あんた、それでいいの」 その真剣な口調に、私は少し戸惑う。 「え、いや、いいも何も、だから飲んで全て忘れようと……」 「あんた、この公募に人生をかけていたんじゃないの」 彼女の目がじっと私の方を向く。しばらく部屋には沈黙が流れた。 「酒を飲んで忘れていいことなの?」 「な、なんで、そんなこと言うの。私は、ただ、京香と飲んで、それで、忘れようと思ったのに」 「本当にそれでいいの? あんたにとって小説ってそんなもんだったの。人生を投げ捨ててでもやりたいことじゃなかったの?」 彼女の言葉に、胸の底から怒りの感情がふつふつと湧いてきた。 なぜこんなことを言われないといけないのか。私はただ飲みたかっただけなのに、こんな説教じみたことを言われるなんて、有り得ない。 「酒を飲むんじゃなくてさ、ちゃんと小説と向き合いなよ」 向き合う? 私はこの一年間、どれほど向き合ってきたか。京香は、何も知らないんだ。その瞬間、感情があふれ出した。 「何なのその言い方。京香は私の何を知ってるの。偉そうに言って。落ち込んでいる私に向かって、そんなこと言うなんて信じられない」 「私はあんたのために言ってるのよ。ここで逃げちゃだめでしょ。作家になるのはあんたの夢なんでしょ」 「うるさい。うるさい。そんなこと言ってもらうために京香を呼んだんじゃないの。もう何も聞きたくない。もう姿も見たくない。もう帰ってよ。私の前から消えて」 「あっそう。じゃあ帰るよ」 彼女は自分の鞄を持って立ち上がり、玄関へ向かう。 えっ、帰るの? 私は彼女の変わりように焦る。 「この冷酷女。鬼畜。舌を噛み切って死んでやる。それで一生呪ってやる」 その背中に言葉をぶつけるが、彼女は気にもしていなかった。 「はいはい。勝手にどうぞ」 バタン。ドアが閉まる音がして、部屋は静かになった。一人取り残された私は、呆然とする。 こんなことあるだろうか。説教じみたことを言うだけ言って、傷ついた私を残して消えていく、あまりに残忍だ。ぶつけようのない怒りが、どんどん膨らんでくる。 「ええい、くそお、一人で飲んでやる」 私はテーブルに置いた缶ビールに手をやり、口に持っていく。 その時、京香の言葉が頭をよぎる。それでいいの? 私の思考も体も停止する。時計の音がやけに大きく聞こえた。私はすっと缶ビールをテーブルに置く。気持ちはすっかり冷めてしまった。 「もう、寝よう」 私は部屋の照明を切って、ベッドの布団にくるまった。
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