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力ずくで空けられたぼくの机に尻がのっかる。先ほどのバレリーナより細くて白い足が机から垂れ下がり、日サロタレントの歯みたいな色の上靴が2足、宙に浮いている。
「お前に野球のゲームやらしたるから」
お腹にふくらんでいた高揚感が冷める。
「今日は無理。他に約束してるから」
「誰や?」
他人のれんらく帳まで盗み見するタイプの人間だ。
「ケイタ」
「あの閉じてんじゃねえかってくらい目が細いゲームオタクか。あんなやつと遊ぶ方がええんか」
当たり前だ、と良心は言わせてくれない。
「先にケイタと約束したから、仕方ない」
「ほー。じゃあ明日はどうや」
「明日も無理。約束してるから」
嘘をついた。自己防衛の嘘も良心は見逃さない。お腹がへこみ汗が垂れる。
「じゃあ明後日」
遠ざかるほどに追いかけてくる。
「明後日か。まあ用事が無ければ」
「用事なんてないやろ。じゃ、明後日な。絶対やぞ」
嘘で痛んだ良心への追加攻撃。セールスマンに20万円ミシンを買わされた母に文句をいう資格は、いまのぼくには無い。公立小学校の生徒に与えられたおよそ40日ぶんの自由のうち、1日ぶんを割いて、耕地キヨフミに捧げる罰を、ぼくは受け入れた。
「こら耕地くん。初乃くんの机から降りなさい」
数人の女子生徒と話していた先生が、キヨの悪行に気付いた。
「すごい音がしたけど、もしかして人のランドセル投げたりしてないよね」
している。そして知っている。だが先生はぼくに、目撃証言を求めない。
「投げてませーん。置いただけでーす」と、から返事したキヨは、また電話するからなと言い残して教室から出て行った。
帰る準備は終わった。が、帰り道でストーカー気質のあるキヨに見つかるおそれがあるため、もう一度だけ忘れ物をチェックをする。さらに用心をかさね、正門から学校を出た。
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