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「店長、おざっす」
「おう、おはよう」
今朝の掃除当番は福山だ。ブレイズヘアを頭のてっぺんで小さな団子に結び、大きなサイズのTシャツと、派手なプリントが施されたダボダボのジーンズ姿で、掃除機をかけていた。
駅から徒歩5分の雑居ビル。1階がスナック、2階が雀荘、そして3階にこの『つるぎスマイルパートナーズ』がある。売り上げは、出資者である統括マネージャーの剣崎へ上納することとなっていた。
闇金融であるため店舗としては正式な届けなど出されていない。つまりこれは事務所やオフィスなどではなく、単なる「集会所」だ。
だがふつうの会社のように午前9時から営業を開始し、シフト制で働く従業員たちも、時間になれば続々とここへやってくる。
時には残業もあるし、近場への出張もある。月のノルマも定められており、営業成績の良いものは実入りも上がっていくシステムだ。
休みは元日の1日のみだが、ケサオに前もって申請すれば夏季休暇などが通らないこともない。
だがここに面接にやってくる者たちには、「立て込んでるときは親の法事にも出られないと思っとけ」と必ず伝えている。
忙しさの比喩としてそう言ってるのではなく、店は信頼できるごく少数の人間で回しており、取り立てが立て込んでいる日に休まれると本当に回収ができなくなるからだ。
一度回収をミスればこの世界は命取りだ。債務者には決してナメられてはならない。震度7の地震が起きようと、台風で洪水や停電が起きようと、避難所まで確実に取り立てに行くのがこの仕事の要だ。
こう言った、ブラック企業とは違う意味のブラックな場において、世間一般の常識など持ち合わせていてはとても務まらない。
年齢、経歴、学歴、前科の有無までも不問だが、根性ナシは雇わない。
昔ながらの裏家業とはいえ、頭の悪い不良上がりや薬物中毒者、ヤクザ崩れなどより、部活の厳しい私立校などで厳しいしごきに耐えてきた、不屈の精神力と体力のある者が向いているだろう。
だがそういったまっとうな人間は絶対にこの世界にはやって来ない。というよりこのような寂れた田舎町にはいないだろう。
だからこの店では、地元育ちでケンカも強く、仲間を裏切らず、嘘をつかず、利息の計算ができる程度には知能のある人間をメインのスタッフとして置いている。
新人や、おとなしめの性質の者には事務仕事をさせ、それ以外は取り立てで出払っていることが多い。ときには縄張りの外までも出向くため、取り立て屋としての威圧感が必須なことはもちろん、『裏道』での世渡りに長けている人間が向いているのだ。
福山は笑うと、あくびをしている猫のような目になる。日焼けサロンで焼いた肌は綺麗な小麦色で、金を貯めて中南米に留学することが目標なのだという。
学生時代に窃盗団に入っていたが、最後に狙った車の持ち主に金属バットで返り討ちに遭い、顔面骨折をして逮捕されて以降足を洗ったそうだ。
「最近曲作ってんのか?」
「毎日作ってるっすよ」
「売れそうになったらすぐ言えよ。よそに取られる前に俺が事務所を作ってやる」
「ははは、お願いしやっす」
福山はヒップホップのグループに所属しており、そのメンバーも全員ここの従業員だ。MCネームは"ZION"で、ほかに"Jude"、"bylas"、"DJマキシ"がいる。
債務者にはしっかり顔も割れているし、過去に捕まったりもしているが、彼らの素性を知っていてもファンはそれなりにいるとのことだ。
「つーか金本さん今日早いっすね」
「朝から立て込んでるからな」
「今日終わったら、みんなで久々に焼肉行きましょうよ」
「焼肉?ああ、早く帰れたら」
「下のバーさんにもたまには飲み来いって言われましたよ」
「まだやってんのかあの店?」
「そろそろ家賃払えねえから閉めようかって」
「だろうな」
タバコを咥え、窓に向けて紫煙を吐き出す。遅刻をしたらしき高校生が、小走りで駅に向かっていくのを見下ろし、昨夜会ったばかりの風吹を思い起こした。
彼はまっとうな全日制の高校生だ。受験生でもあり、きっとそれなりに知名度のある大学を目指したりしているのだろう。
ー「うーっす。あ、金本さん、はようざっす」
「店長、おはようございます」
「おう、立花、江添」
早番のスタッフが続々と到着する。
"Jude"こと立花は長髪をコーンロウに編み込み、長袖パーカーの下はタトゥーが所狭しと彫られている。ギラついた目をしてガタイもよく、一見して反社会的な人間だと判別できる見てくれだが、本人曰くこれらはあくまでもラッパーとしてのスタイルであり、不良を意識しているわけではないとのことだ。
"bylas"こと江添はいわゆるバーバー・スタイルで、細縁のメガネをかけ、都会のホワイトカラーを意識したオフィスカジュアルな服装を好んでいる。口調も堅めで、一見すると銀行員のようなインテリ風だ。
しかし刺青は首まで入っており、客先に向かうときにはわざわざジャケットを羽織るが、当然ながら隠しきれていない。
「真喜志は?」
福山が問うと、江添がパソコンを起動させ、メガネのレンズにモニターを反射させながら「来るだろ。10分後くらいに」と言った。
「10分後ってもう9時過ぎてるじゃねーか」
「仕方ない。あいつ、半分沖縄人だから」
「うちなータイムで生きてるからな」
立花が呆れ笑いを浮かべる。すると窓から外を眺めていたケサオが、突如巻き舌で声を上げた。
「おいコラ!減給するぞ琉球野郎!」
「お、来た来た」
「へへへ、ばーか」
1分後、ドタドタと足音を鳴らし、息を切らした真喜志が入ってきた。これがDJマキシだ。
「はあ、はあ、いやあ金本さん、すんません」
「てめえ、いい加減東京時間に合わせろ」
「すんませんすんません、普通に家出たんですけどね」
「お前の普通から10分引いたのが東京時間だ」
「なるほど」
「ったく」
真喜志は中学から東京育ちだが、島民らしいこんがりと焼けた肌をしている。しかしこれも福山と一緒に日焼けサロンで焼いたのだそうだ。
フェードカットに、脱色した頭頂部の髪色がよく映え、母親によく似たキリッとした濃い顔立ちをして、顎髭を生やしている。
ケサオのように背が高くガッチリとした厳つめの外見をしているが、柔らかな口調や雰囲気とのギャップが相俟って、4人の中ではもっとも客の女受けがいい。
曽祖母に「悪さだけはするな」と言われたからと、皆のように刺青を彫ったりしていないし、成人式で暴れたりもしなかったし、前科もない。だが闇金融に携わることを"悪さ"だとは思っていない天然なところが、彼のチャームポイントであろう。
結婚が早い土地柄なのか、20代の真喜志の曽祖母は、まだ80になったばかりで健在とのことであった。
「店長、そろそろ客入れますね。今日新台なんで、もう下の階まで並んでますよ」
江添が言うと、ケサオは「ご苦労さんなこった」と返した。今日もパチンコやギャンブルの軍資金貸付から始まる、忙しい1日が幕を開けた。
ー「お忙しいところすみません、わたくしスマイルパートナーズの横井と申します」
落ち着いた声のトーンで、江添が偽名を名乗り、不正に買い取った名簿の入力をしながら肩に携帯を挟んだ状態で電話をかける。ここに固定電話はないが、ガラケーが現役で使用されている。
「伊能さんはご在席でいらっしゃいますでしょうか。ええ。お願いいたします」
そしてしばらく待つと「伊能さん?」と声のトーンを変えた。
「返済わかってるよね?今日だからね。15時までに入金だよ?遅れたら奥さんとこ行くから。うん。うん。はい、よろしくねー」
そして次の客に電話をかけると、今度は開口一番「水田さーん、忘れてないよねー?聞いたら電話返してよー」と、威圧的に伝言を吹き込み、次にはまた「お世話になっております……」と、どこかの会社の受付に電話をしていた。
基本的にはこの繰り返しだが、今日はまだ通常営業だ。
これが給料日や年金支給日や生活保護の振り込み日ともなると、秒単位で電話のやり取りをするため、早番遅番のシフトではなく、全従業員が朝から回線をフルに使うこととなる。
「金本さん、俺ちょっと外回ってきますねー」
「おう。頼むぞ」
貸し付けに一区切りつけると、マキシが支給品のボディバッグを下げ、自分が担当する客先の回収へと向かった。
高齢者から若い主婦まで、マキシの客は女が多く、彼女たちが振り込みにしないのも、ケサオの客同様、取り立て人のマキシに会いたいからだ。
だが利息のみの返済ばかりが続く客には、本人はもちろん、時にはその家族にまで水商売や風俗を斡旋してきた。金本の店に放り込んだり、スカウト時代の人脈を駆使して、女たちをさまざまな商売に送り込んでいる。
そこで運良く稼げるようになれば、今度は大体がホストにハマりまた借金を繰り返すため、客は途切れることがないのだ。
忙しいが、マキシはマイペースだ。
とっくに返済を終えた高齢の客のところにも、腹が減れば世間話がてら昼飯を買って寄ったりもする。そして老人は地域の噂話を豊富に知っているため、時にはそこから新たに客になりそうな者の情報を聞き出したりもする。
田舎町ならではのやり方なのだろうが、ゆいまーるの精神を持つマキシには合っていた。
ー「今日はちゃんとお金持ってるよ」
「お、偉いねーゆみかー」
自分の母親よりも年上のシングルマザーの家で、今回の返済分を受け取る。
「ねえ、お金取りに来るのはシモヤマくんだけにしてよね。忙しいのはわかるけどぉ。あたしアンタんとこの店長大っ嫌い。怖いから」
「ごめんごめーん、でも店長もいなぐ相手にはそこまで怖いことしないからひーじーよ。ちょっと行き過ぎるけど、優しい方さーこういう業界では」
「えー、怖いよ。あの人来るとうちの子も怖がっちゃって。だからうちはもうシモヤマくんだけね」
「わかった。店長にも言っとくから」
「うん、よろしくね」
このような感じで、一軒一軒のんびりと回っていく。しかし何故かきっちりと目標の分を回収するから、マキシはマキシなりに重宝されていた。
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