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金本ケサオはこの町で生まれ育った生粋の地元民だ。 ここは治安の程度でいうなら中の下か下の上か、全国ニュースになるような事件も過去に起きたが、治安の悪さよりも貧しさのほうが際立ち、駅前などにもまったく活気のない陰鬱な故郷である。 10代の頃は周囲の不良同様つまらぬ諍いや喧嘩に明け暮れていたが、中学校はドロップアウトすることなく、それなりに勉強もして卒業した。高校も途中で少年院に送られたが、院内で無事に高認を取得できた。 出所してからしばらくは、まじめに肉体労働で生計を立てていた。だが頼るべき場所も誰の支えもなく世の中に放り出されたため、すぐに金に困るようになった。毎日働いても、最低限の生活で、貯金もできず、欲しいものをほとんど手に入れることなく終わってしまう。 この町では必須の車を中古で手に入れるにも、わずかなローンのために死に物狂いで働かなければならない。 運良くチャンスを掴めない限り、この辺鄙な町で、割りに合わない生き方が一生続いていくことに辟易していた。 奨学金をもらいながら大学へ行くにも、まずその入学費すら捻出できない。スーツを着て、電車でオフィスに通うような会社員になるための道のりは遠かった。何よりまっとうな勤め人になったとしても、自分にそのような生き方が続けられる自信もなかった。 だがそんな折、一足早くこの稼業に身を投じていた仲間に誘われ、しばらくのあいだ、ここから少し東に行った大きな街の闇金事務所に雑用として毎日出入りするようになった。 いつなんどきガサが入ってもおかしくない違法な仕事であり、その割に時給も安かったが、とにかく住み込みで働けることがありがたかったのだ。 朝8時半の事務所の清掃から始まり、夜更けに事務所の鍵を閉めるまで、買い物から取り立ての手伝いまで、さまざまな指示を受けて使いっ走りのように動き回る日々。 休みは1日もなかったが、週6日のキツい現場仕事よりはずっと楽だった。 おまけに食事も当時の店長がよく面倒を見てくれたため、今までのように食うに困ることもなく、赤の他人である彼には大いに助けられたものだ。 だからそれに応えるように必死に雑務をこなしていたら、努力や手腕を見込まれ、やがて専用の携帯を預かるようになり、本格的に仕事に携わるようになった。 それから闇金屋としての頭角をあらわすのはすぐだった。元々才能があったのか、長年の従業員たちを差し置いて早々に出世し、1年も経たずに副店長の座につくこととなった。 そして2年ほど前、勝手知ったるこの町にも支店を作るということとなって、20代前半の若さで店長を任されることとなったのだ。グループ最年少の快挙であった。 だが上には上がいる。店長という肩書きを得たのはケサオが最速であったが、いわゆる"統括店長"的なポジションを任されている男は、ハタチになってすぐにその座についたのだ。 彼は一般的な青春時代に、遊ぶこともなければほとんど寝ることもなく、新規開拓とエリアの拡張を誰よりも貪欲にこなし、19で中小企業の新卒社員の年収ほどの月収を得ていた。そしてヒラの従業員のままで店長を飛び越え、今やいくつもの店舗から上納金を納められる立場となったのである。 名を剣崎良平と言い、今は都心の高層マンションに居を移したが、彼もまたこの町が地元であり、ケサオと上下関係はありつつも、それなりに長い付き合いであった。ついでに伊原という後輩も、彼に連れられて同じ事務所に出入りしているが、いずれも地元では名の通った荒くれ者である。 それから、あともうひとり地元を出た男で、新宿でホストになった松原というのがいる。仲間内で、彼だけはまっとうな成功者と言えよう。 同じように荒れた少年時代を過ごしたが、捕まってからは違法行為からきっぱり手を引いたようだ。 悪さもせずにただ女を騙すだけで莫大な金を稼ぎ、おまけに羽振りのいいパトロンも得たとかで、彼もまた山の手の良いマンションに暮らしている。 シンナー中毒で、ケサオよりも早く少年院に送られ、小学校すらまともに出ていない彼がいちばんどうしようも無いように思えたが、人生とはわからないものだ。 剣崎は現在主に新宿近辺を根城にしている。あちらの方では金を借りる手合いも相当に手強い者ばかりで、どんなに偉くなっても下働きの頃と労働量は変わらないどころか、より一層動き回るようになったそうだ。 とはいえ、ケサオも仕事ぶりでは引けを取らない。どんな客であろうと確実に金を回収し、取り立てに手段は選ばないし、1円たりとも誤魔化さずきっちり返済させる。これまで金の間違いが一度もないことが、ケサオが店を預かるほどに信頼される理由であった。 ー「はい毎度。次はちゃんと起きとけよ」 最後に回った平岡という客は、涙目でゴホゴホと咳をしながら、帰っていくケサオの背中に酎ハイの空き缶を投げつけた。 「馬鹿野郎!!てめえ通報するからな!!」 「好きにしろ。ここに住めなくなるのはあんたの方だ」 平岡の部屋からはモクモクと白煙が湧き出て、燻り出された害虫のように、彼も下着姿で部屋から這いずり出てきたのだ。 自転車のカゴには、虫用の燻煙剤や爆竹や花火、最近通販で買ったホワイトセージ、ライターなどが納められたスーパーの袋が積まれている。 いずれも居留守を使う債務者たちの玄関の新聞受けや小窓などから投げ込むためのものだ。 新聞受けが無かったり、小窓を締め切っている場合でも、玄関前で防犯アラームを鳴らして放置すれば大抵は出てくる。夜間は特に効果的だ。 それでも出てこなければベランダ側へ回り、器具を使って窓を割り堂々と入っていく。つまり居留守など無意味なのである。たまに本当に留守の時もあるが、そういう場合は帰宅まで他の従業員を部屋で待たせるようにしている。 平岡は大抵、返済日に酒を飲んで眠りこけていることが多いので、チャイム連打やノックの殴打では出てこない。だから最近は手っ取り早くこのような"措置"をとるようにしている。今日は燻煙剤をいっぺんに3つ投げ込んだ。しかしこう言った"仕事道具"も経費で落とせるわけではないので、これらの費用も上乗せして金を回収していた。 すっかり日が暮れてしまった帰り道。事務所に立ち寄って精算を済ませてから、まだ残っていた従業員に戸締りを頼んで一足先にセナを車に乗せて帰宅した。 「飯、どっかで食ってくか?」 「うん。……今日もケサオの家に泊まっていい?」 「好きなだけいろ」 「もう帰りたくない」 「お前の母親は常に新しい男がいないと死ぬ病気だ」 「早く死んでほしいよ」 セナは弟も同然だ。高校を出たら、自立の面倒を見てやると約束していた。 彼のような者を何人か養えるくらいには、相当に金を貯め込んである。こういった稼業の収入源とは、店で得た収益だけでなく、個人的に得た客からの売上もあるのだ。 店とはいえ会社ではないし、店長とはいえ正式に雇われている身でもない。ノウハウを覚えて個人的に金融屋をやり、店の名簿を少しばかり拝借して個人の顧客を好き放題作れるから、闇金の店長は儲かるのだ。 グループのノルマさえこなしていれば、新たに開拓した分を馬鹿正直に元締めに申告して上納する必要はない。闇金の売り上げ自体が裏金のようなものだが、その更に裏っ側でひそかに金を蓄えられるのが、この仕事のうまみである。そうでなければ法を犯してまで続けるメリットがない。 「ねえ、ケサオこそ恋人作らないの?」 「俺?……まあそのうちな」 「ケサオって童貞?」 「ああ」 「嘘つき」 「嘘じゃねえよ。確かめるか?」 「馬鹿」 そのとき、信号待ちの車外に、よく見知った男たちを見つけた。 「あれクダルじゃん。あと……」 「風吹だね」 「声かけるか?」 「一緒にご飯行くかな?」 プッ、と短いクラクションを鳴らすと、歩道のふたりが振り返った。 「おーい、おふたりさん。ご飯行こうよ」 助手席の窓からセナが呼ぶと、風吹は「あ、セナ!」と目を丸くして嬉しそうに手を振り、"クダル"は細い目でじっと運転席のケサオを睨みつけた。
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