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「よう、なーに騒いでるばーよ」
すでに顔を赤くしたマキシがようやくやってきて、「風吹、わーも生ね」と着席する前に注文した。上機嫌のマキシに、立花が顔を顰める。
「アル中かてめえ。四六時中酒飲みやがって」
「まいちゃー飲んでるわけじゃないばーよ。でも今日最後に回った的場さんのみーで酒盛りじらーしてからに、事務所戻って顔出してきたさー」
「客と飲むなよ」
「つーか酒入るとマジで方言キツいな」
「そういや金本さん来るって?」
「ああ、終わったら行こうじらー言ってたさ」
「はいマキシくん、生お待たせ」
「ふぶきー、ありがとー」
ニコニコと笑いながら、運ばれてきた生ビールを一息で半分飲むと、「はっし、うっすまさはーさい」と、福山が焼いていた肉に箸をつけた。福山は(これ食おうと思ってたのに……)と思ったが、黙って新たな肉を追加した。
「しおん、さっき何揉めてたば」
「ん?いや揉めてねーよ。何でもねえ」
代わりに江添が言う。
「福山はそろそろ足洗って"本業"に専念したいんだと」
「本業?」
「俺ら一応ラッパーだぜ」
「ああなるほどな。だーるば。じゃー金本にーにーの事務所辞めたいわけ?」
「長くやるのは無理だ」
「やしがラップだけじゃすぐのーじんなるさ」
「なんて?」
「ラップだけじゃ食いっぱぐれるぞってよ」
「すげーな江添」
「音楽だけでやってくんはでーじど、まだしばらくはにーにーのみーで働いとけーやんにはっさ。けどやーみたくまーめーに音楽と向き合い続ける精神は大事さ、真剣」
「あんま分かんねえけど、なんとなく他人事だな。リーダーはお前のくせに」
「わーもひーじゅー考えとるよや。現にわーが仕切ってからに方向性も定まって、やったーの揉め事も減って、良い曲も増えて、イベンターに声もかけられるようになったさ。しゃに敏腕プロデューサーど」
立花と江添が口を挟む。
「あーあー、確かにお前はすげーけどよ。でも今のままでやってくには限界がある。仕事が忙しすぎて」
「好きなことやるには、今はどっちの仕事も踏ん張るしかねえよ。……福山、とりあえずお前、さっきから焼いてる肉、片っ端からずーっと俺らに横取りされてんだよ。そういうとこなんだよお前は」
「どういうとこだよ。……いいよもう別に」
するとマキシが「うり」と、いつの間に肉を盛っていた皿を福山の前に置いた。
「やーの分」
「え…くれんの?」
「やー気が弱いのか強いのかどっちかわからん、喧嘩んときと大違いさー。人の世話まで焼かんで、ちゃんと自分も肉取って食え」
「う、うん……」
3人の中にマキシを据えたのは正解だ。メンバーの内外においての調整役に適している。
あまり仲のよくないグループと同じイベントに出た際も、バックステージの殺伐とした雰囲気や、ステージ外の一触即発の空気すら、独特のゆるさでやわらかに溶かしてしまう。そして江添達には犬猿の相手でも、マキシならいつの間にやら酒を酌み交わせる仲を築けるのだ。
だが過去には、柔道をやっていた立花を数秒で組み伏せたことがあり、メンバー内での腕っ節の序列は彼がトップと言えた。
ケサオ同様、恵まれた体格を生かした相応のパワーを、少年時代から実戦によって着実に培ってきたのだ。
とは言えほとんど乱闘騒ぎなどは起こさないが、今年の初めごろ、ケサオが仕切っている飲食店に乗り込んできた敵対グループのメンバー3人をひとりで血の海にしたこともあり、福山同様スイッチが入ればまったく違う顔を見せる男であった。
「しおんは一番うっとぅーやさに、わったーにまだ遠慮があるさ」
「う……うん。……いやごめん、やっぱわかんね。なんて?」
「お前がいちばん歳下だから、まだ俺らに遠慮があるなって」
今度はマキシが自分で言い直した。
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