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「店長まだ店いるのかな」
「来ねえってことはいるんだろ」
「金本さん個人の仕事増やしすぎさー」
(ケサオくん、ただでさえ休みとかないのに、よく働くな……)
焼肉屋を出ると、締め作業を終えた風吹も4人に混ざり、帰路についた。
だがなんとなくコンビニで立ち止まり、福山は中へ入ったが、立花とマキシは習性のように店の前でしゃがみ込むと、各々タバコを吸い始めた。
ひとりだけタバコを吸わない江添は、立って腕を組み雑誌売り場の窓にもたれかかっているが、どんなに堅そうな様相をしていても、刺青と同じく皮膚から滲み出る本来の匂いはやはり隠しきれていない。
それにしても呆れるほど酒に強い連中だ。4人でそれなりの量を飲んでいたが、せいぜいマキシの顔が更に赤くなった程度で、立花も江添も福山も、呼気にすら早くもアルコールの気配を感じさせていない。
立花曰く、日々こうして大金を扱う仕事をしていると、緊張感に苛まれ、酔い潰れる心の余裕などないから、とのことである。
「風吹。これ、お疲れ」
コンビニから出てきた福山が、栄養ドリンクが何本も入った袋を手渡す。
「え、ありがと……こんなに?いいの?」
「夜も勉強するんだろ」
「うん……」
いちばん歳の近い福山は、風吹にとって最も親しみやすい男だ。
しかしケサオを介して知り合っていなければ、互いに絶対に接することのないタイプであろう。
もちろんケサオだって、セナと友達でなければ知り得ない男であった。
福山はたまに笑うときだけ、道端でなついてくる野良猫を連想させる。
だが顔立ちは、キリッとした山のある眉に、眠たそうなじっとりとした二重瞼と、対照的に睨みを効かせた鋭い目が印象的だ。それから、まっすぐな鼻筋と尖った鼻先、唇はどんなに酒を飲んでも緩まないが、笑っていなくともいつも口角が上がっている。
複雑に編み込まれた髪を後ろでタイトにまとめ、額を大きく出したセンター分けの異国感のある髪型が、この男の雰囲気全てによく似合っていた。
背は風吹とそれほど変わらないが、少年の面影が残る細面をしていても、鍛えている腕はがっしりとして、胸の厚さも服の上からよくわかる。
「福山くん、また何か曲聴かせてよ」
風吹の言葉に、彼は照れながらも嬉しそうな顔をした。
「いやあ……でも」
福山がチラリと立花達を見ると、マキシが「インストならこん中にあるぜ」とスマホを出した。
「最近レコーディングしたやつもあるけど……"客"もいるんだしどうせなら生でやろうぜ」
「あはは、豪華」
ビートを囲むように、青紫の殺虫灯の下で5人が車座になる。刺青だらけの集団の中で、ひとり制服姿の風吹は浮いているが、通りすがる人の目には彼も同じ種類の人間だ。
最初は"bylas"こと江添だ。それから"Jude"、"Zion"と続き、自分自身の実情に即した歌詞を、各々の韻で紡いでいく。そして福山のターンが終わると、また江添に回ってきたが、今度の内容は彼自身のことではない。
次に立花も続くが、どうやらこの歌詞が示す人物は………
「おい」
最後に福山が歌い終えた瞬間、実にタイミングよく、見慣れたメルセデスのSUVが駐車場に乗り込んできた。
「金本にーにー、遅いさー」
「金本さん、うっす」
「店長、お疲れ様です」
「何してんだおめーら」
窓から5人を見下ろすこの男こそが、おそらく曲の中にいたもうひとりの人物だ。
「何って、飯食って帰るとこっすよ」
「みんな店長を待ってたんですよ」
「悪いな、思いのほか長引いた。にしても中坊かてめーら、こんなとこでたむろしやがって」
すると福山が「風吹に新曲聴かせてたんです」と言い、「俺らラッパーなんで」と付け加えた。
するとケサオが車内から数秒福山を見つめ、静かに「風吹、乗れよ」と言った。
「え…」
「家まで送ってやる。店に立ち寄ったら、ついさっきこいつらと帰ったって言われてな」
「金本さん、風吹のこと迎えに来たんだな」
マキシがにこにこと笑いながら言い、「また風吹がいるときに食べに行くさ」と、大きな手で子供にするように風吹の頭をポンポンと撫でた。
「う、うん。……あの、福山くん、すっごいかっこよかったよ」
「ありがと」
「さっきのやつ、YouTubeで聴ける?」
「聴けるよ」
「また帰ったら色々聴いてみる」
「うん。……ありがと」
「じゃーな風吹」
立花が手を上げ、風吹は4人に「おやすみ」と言うと、助手席に乗り込んだ。そして店に横付け状態であった車体をぐるりと転回させると、あっという間に車は去っていき、江添が頭を下げて見送った。
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