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3話 返せないメッセージ
『今日はありがとう。自信なんてなかったんだけど、行動しないことには始まるものも始まらないかなって思って……これからよろしくお願いします』
私が家に着いて間もなく、そんなLIMEが飛んできた。返事には困った。付き合うことをオッケイしたのは確かに私だけど、ここで『こちらこそお願いします』なんて返事をしてしまえば、本当に付き合ったことを認めてしまう気がしてためらった。
私にとって日生くんは関わりのないただのクラスメイト。プリントを配るときとか、班でのこととかを関わりとして入れるのか入れないのかは、私の感覚ではいれない方。何故なら、告白されたときにすぐ名前を思い出せなかったから。顔を覚えていなかったからだ。
その程度だったのに、存在を覚えていなかったのに、関わりがあったと言えば逆に失礼な気がした。
私は晩御飯を食べたら、脱衣場で服を脱いで、湯舟に浸かって一息。頭の先まで潜り数秒。勢い良く出ると、顔にかかる前髪をかきあげた。
そういえば、まだLIMEを返してない。
忘れていたわけではないんだけど、考えても出ない答えに考えることをやめていた気がする。それを忘れていたと言うのかもしれないけど。
『また明日』
それがようやく絞り出した、数文字の言葉。素っ気なく感じるかもしれない。だけど、それは事実だ。
言葉にしたものは消すことができない。誰かの耳に入ればそれはその人に残るし、自分の声は自分にも聞こえてくるので、自分にも残る。LIMEはそれを上回ると思っている。何故なら記憶から忘れてしまっていても、データとして機械の中に残ってしまうのだから。
下手に下手なメッセージは送れない。
ガラケーの時代とは違い、どれだけLIMEを送ろうとも毎月の支払い金額が増えるわけではない。だからこそ今の人達は何度も何度もLIMEのやり取りを繰り返す。それは全部データとして残ってしまう。嬉しいことだけでなく、悲しいことも、辛いことも全部。そして些細な日常の会話でさえも無駄に残ってしまうのだ。
日生くんのおかげで言葉の大切さを学んだような気がする。
私はベッドの枕元に置いていたデジタルの目覚まし時計をいつも通り七時にセットすると、布団へと潜り込んだ。
「おはよう」
いつも私の後ろに後から並んでくるはずの日生くんが、今日は私より先に乗り口の先頭に立っていた。
「あ、神崎さん、おはよう」
日生くんは緊張しているようで、声が少し片言だった。私は恋をしたことがないので、今の日生くんの気持ちは想像ができない。
「緊張してる?」
「ごめん」
「いや、別に良いんだけど、大丈夫?」
「あぁうん。ちょっとずつ慣れると思うから、大丈夫大丈夫」
あははははと、後頭部を搔きながら笑っていない表情で私を見る日生くん。
「無理しないでね。私も初めてだから」
「うん。ありがと」
やっぱり、昨日告白されたばかりの男の子のことを、一夜で好きになれっていうのは無理があって、嫌いではないからお話はするけれど、特別、彼氏だという実感はまだない。かといって友達になりたかったというほどでもないので、たいして話したい内容も思いつかない。
「ずっと毎朝同じだったんだね」
「そうみたいだね」
日生くんが会話を始めてくれること、それが救いだった。付き合っているというのに会話がないのは流石に申し訳ないと思う。
「塾も同じだよね」
「それってたまたま? それとも私を追ってきたの?」
「本当に僕のことあまり覚えてないんだね。僕のあとに神崎さんが塾に来たんだよ」
「そうだったんだ。ごめんごめん。人に好かれることなんてはじめてだから自惚れちゃったかも」
私は日生くんにどうして付き合ってくれたのかと、聞かれてしまったら非常に困る。返す言葉なんて見つからない。『嫌いじゃないし振るのはかわいそうだから付き合った』なんて言えるはずもなく、確実に傷つけてしまう。
「自惚れてもいいんじゃないかな。神崎さんは素敵な人だから」
「そんなことないよ。何処にでもいる普通の女の子だよ」
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