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病院に着くと、既に数人の看護師さんが駐車場に待ち構えていて、ママはすぐに車いすに乗せられた。
「あなたたちは、どうするの? 立ち合う? 待っておく?」
ママを乗せた車いすが分娩室に入るのを見届けていると、手術衣を着た看護師に話しかけられた。
「オ、オレはいいよ。ここで待っとくから」
先に答えたのはデイビスだった。そそくさと近くのベンチを探して、移動する。
「私、立ち合いたいです。私、このまま、中に入ってもいいですか?」
「あなたは、イザベラの娘さんね。わかったわ。こっちに来て、手術衣を着てくれたら、立ち合ってもいいわよ」
手術衣を着たレイシアは、生まれて初めて分娩室に入った。
「まだよ! まだ、いきんじゃだめ!」
「もう少し、我慢して! ゆっくり息をしなさい!」
飛び交う大声に圧倒されて、呆然と立ち尽くした。気おされて後ずさりしそうになるのを、看護師の一人に止められる。
「ママの横にいてあげてちょうだい」
女医と看護師に囲まれたママは、とても苦しそうに、眉をしかめて、大粒の汗をかいている。
「あぁぁぁぁ! 産まれるっ! 産まれるわぁ!」
「だめ! いきまないで!」
心拍数を確認しながら、女医が、ママの子宮を抑えている。
ママは、何度も首を振り、歯を食いしばって、痛みに耐えていた。
「ふっふっはーって、息をして。一緒に、はいっ」
ふっふっはー、ふっふっはー、ふっふっはー。
「あぁぁ! あぁあ!」
耐えられなくなったのか、ママは、この世の物とは思えない声を出し、また看護師に注意された。
レイシアは、戦場のようだと思った。気付くとママの手を握っていた。
「ママ、頑張って! あと、もう少しだから! 頑張ってね!」
ふっふっはー、ふっふっはー、ふっふっはー。
「頭が出たわ! いきんで!」
突然、女医が叫ぶ。看護師の一人が、ママのお腹に両手を乗せ、全体重をかけるようにして押した。
「ぎゃあぁぁぁぁあ! あああっ!」
ママの断末魔のような叫びに、レイシアは思わず目を背ける。
「いいよ。もう少し。はい! もう少しよ!」
ママがエビぞりしそうになるのを、看護師が押さえつける。
「産まれたわっ!」
女医に取り上げられた、とても小さな赤ん坊は、紫がかった色をしていた。体をタオルでくるまれ、口の中の羊水を吸い出されると、おぎゃあと、泣き始めた。
「イザベラ、おめでとう。元気な男の子ですよ」
そう言って女医はイザベラに、赤ちゃんを抱かせる。
「かわいい赤ちゃん……なんて、小さいのかしら」
ママは、泣きながら、やさしく赤ちゃんを抱いていた。ビスケットのように小さな赤ちゃんの手を、指で広げたりして、ママは、生まれたばかりの我が子に愛情を注いでいる。愛おしくてたまらないといった様子だ。
これほど幸せそうにしているママを、レイシアは、初めて見たような気がする。
「かわいいね、すごく、かわいいね……。よかったね、ママ。無事に赤ちゃんが生まれてくれてよかったね」
レイシアもママにつられるように、涙が溢れてきて、止まらなくなった。
ママの胸に抱かれた赤ん坊は、純粋無垢で、何のけがれもない。それでいて、自らの意思では、まともに動くことすら出来ず、ただ、親を頼って生きるしかない。それだけに、姿かたちといい、表情といい、可愛がられるように計算されて出来ている。きっと、神様がそうされたのだ。
それほど、可愛らしい。
ママは、デイビスとの愛の結晶として生まれたから、この子を愛しているのか。自分が産んで、血が繋がった我が子だから、この子を愛しているのか。それとも、弱々しくも、懸命に生きようと頼られるから、この子を愛しているのか。
きっと、どれもが絡み合った結果として、愛情を最大化して、この赤ちゃんに注いでいるのだろう。
赤ちゃんを眺めていると、レイシアは、自分のお腹の中の子が気になってきた。
そっと、自分のお腹をさする。
まだ、生きているのだろうか……。
胎児は、生まれてきた赤ちゃんのように、実際に目の前にいるわけではないので、可愛らしさもないし、愛情もそれほどない……。
だから、堕胎するという決断をすることができたのか……。
でも、この子は、もう心臓が動き始めていた。
意思もあったのだろうか?
もし、すでに意思があったとしても、生きるも、生かされぬも、この子の意思とは関係なく決まるし、実際、決めてしまった。
どんな赤ちゃんでも、きっと、生きたいと思っているはずなのに。
レイシアは分娩室を出て、スマホをいじりながら待っていたデイビスに、無事に赤ちゃんが生まれたことを報告した。
「おお、そりゃあ、良かった。男の子か? 女の子か?」
「元気な男の子よ」
「よっしゃー! それは将来が楽しみだな。野球をやらせるか、バスケットをやらせるか、アメフトでもいいよな」
生まれてくる赤ん坊に興味が無いのかと思ってたけど、さすがに、我が子が誕生したのだから、嬉しそうね。
「今からでも、分娩室に入れるかな。赤ちゃんも見たいし、イザベラにもよく頑張ったって、褒めてあげないとな」
デイビスが看護師と交渉し、許可を得たようで、分娩室に入っていった。
レイシアは、アシュリーにメールを打とうと思い立ち、スマートフォンを取り出した。
『アシュリー、聞いて。すごい出来事があったの。なんだと思う?
実は、たった今、ママが赤ちゃんを出産したの!
昨日から、たまたま私が帰省していて、今日、出産って、なんて、偶然なの!
生まれてきた赤ちゃんは、すごく可愛かった。まるで、天使のようだったわ。
あ、別に、コレ、私の中絶を皮肉って書いてるわけじゃないからね。
ただ、単純に、赤ちゃんを見て可愛いと思ったから、素直に書いているだけよ。
私は、早く、アシュリーに会いたいよー。じゃあね』
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