3.アシュリー・ソトマイヤーの誤算

1/4
前へ
/18ページ
次へ

3.アシュリー・ソトマイヤーの誤算

「えぇぇー! 嘘でしょっ!? マジで!?」  大学の図書館で調べものをしていたアシュリーは、思わず声を上げてしまった。  メール着信を知らせる音が鳴ったので、何気なく開いたところ、レイシアのママがついさっき出産したと書いてあったのだ。 「アシュリー、図書館で、そんな大きな声を出しちゃダメでしょ」  同じクラスのマイケルが、分厚い本を何冊も抱えて、アシュリーの隣の席に座った。 「ゴ、ゴメンなさい。ちょっと、うるさかったかな?」 「みんな、アシュリーを見てたよ。何があったの?」 「いや、友達のレイシアからメールが来て、ちょっと意外なことが書いてあったから……」 「レイシア? あの陸上クラブのエースの?」 「そうそう。レイシアと、寮で同部屋なんだよね……。それより、何、その大量の本?」 「ああ、これ? まだ、課題レポートのテーマが決まって無くてさ。悩んでるんだよね」  法学の講義で、自分でテーマとなる法律を選んで、それを考察する宿題が出ていた。アシュリーは、昨日その課題が出るや、すぐにハートビート法をテーマに選んでいた。 「あ、そうだ。アシュリーは、ハートビート法を調べるって、言ってたよね?」  マイケルは、カバンの中を探り、一枚の紙切れを差し出した。 「これ、行ってみたらどう? 昨日、バイト先の法律事務所で課題について話してたら、こんなのあるよ、って教えてくれたんだ」  アシュリーは、机の上の紙切れを手に取る。 『件名:中絶規制(ハートビート)法の憲法違反訴訟 第一回審議  日時:2021年 9月XX日 10時~(傍聴券の抽選は、8時開始)  場所:ジョージア州地方裁判所 第三法廷  被告:ジョージア州政府  原告:ジョージア州の女性の権利を守る会』 「え? これって明日?」 「そう、明日。タイミングがいいよね。アシュリーの課題レポートにも役立つんじゃないかと思ってさ。聴きにいったら?」 「そうね……。これ、レポート作成にも役立ちそうだし、裁判所になんて、行ったことが無いから、いい経験にもなるかもしれないわね」 「そうさ。法曹を目指すボクたちは、こういうのに、積極的に関わった方がいいんだよ」 「ありがとう、マイケル。明日、傍聴しに行ってみるわ」  マイケルは、どや顔で、眼鏡の眉間を持ち上げた。  翌日、地方裁判所の前には、朝から行列が出来ていた。 (思ったより、関心がある人、多いのね……)  傍聴券を求める行列は、マスコミ関係者と思しき人間も何人か混じっていたが、圧倒的に若い女性が多かった。予想外の倍率になりそうで、アシュリーは、少し焦っている。 「やぁ、アシュリー、ここにいたんだね。お待たせ」 (え?)  肩からバックをたすき掛けにしたマイケルが、横に並んできた。 「あ、ずっるーい。横入りじゃない? いいの? そんなことして」  アシュリーは、マイケルの耳元で苦言を呈す。 「いいんだよ。くじはみんな引けるんだから、誰も文句言わないよ。ただ、くじを引くのが、早いか、遅いかだけの違いだからさ」  マイケルは眼鏡を上げ、ハンカチで汗を拭いている。全く、動じていない。  一般的なルールすら守れない人が、法曹界を目指していいのかと、アシュリーは前々からマイケルのことが気になっていた。 「今日も、暑いよなー」 「そういえば、マイケル、今日は何しに来たの? マイケルも、傍聴するってこと? なんのために?」 「ああ、そうだ。まだ、アシュリーには、伝えてなかったよな。実は、ボクも、ハートビート法をテーマにすることに決めたんだ」 「えーっ!? 何それ? 私のパクリ?」 「人聞きが悪いな。ボクもテーマを何にしようか、結構、考えたんだよ。色々調べた結果、興味があったのが、たまたま、アシュリーと同じテーマだったってわけ。わかる?」 「わからないわ。パクリでしょ」 「いやいや、パクリじゃない。たまたま」 「いいや、パクリだわ。やめてよね。同じテーマになったら、教授に比較されちゃうじゃない」  マイケルは、法学部の主席である。弁護士事務所でのアルバイトでは、ちゃんと戦力になっているとの噂もある。 「そんなに言わないでよ。協力してやっていこうよ。な? せっかく、同じテーマになったわけだしさ」  マイケルは、泣き出しそうな声を出した。いじめるのも、この辺くらいまでにして、矛を収めることにする。 「そうね……この裁判も、マイケルに教えてもらわなかったら、知らなかったことだしね。じゃあ、一緒にレポート、進める?」 「そうこなくっちゃ。アシュリー、協力体制、組もうな」  マイケルはほっとしたように表情をいつものものに戻し、片方の眉を上げた。  傍聴券のくじ引きでは、たまたま、アシュリーもマイケルも当選した。  秋空とは言え、まだまだ勢いの衰えない太陽が照りつける中、アシュリーとマイケルは、第三法廷が開場するのを待った。
/18ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加