家族

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「馬鹿じゃないの」  ミイナは呆れ顔でそう言い放つと、持っていたマグカップのカフェオレを啜った。暴言を吐かれたアキラは更に落ち込み肩を落とす。 「本当にもう、自分でもわかっていますよ……なんてことをしてしまったんでしょう……」 「ていうかさ、いいのアキラ。ユタカだってマリアさん狙いなんだけど」 「……そうかもしれませんが、今マリアと一緒に仕事なんてとてもでないですが……」 「あぁー! もう! 男のくせにウジウジウジウジ!」  激しく音を立ててマグカップをカウンターテーブルに置くミイナは、そして隣で覇気なく沈むアキラの肩を掴み揺さぶった。 「もっとプラスに考えたらどうなの? 今まで全く異性として見られていなかった関係から意識してもらえるまで進展したんだよ!? 大体アタシから見てもマリアさんとアキラは良い感じに見えるんだし、もっと自信持ちなさいよね!」 「だけど――――」 「だけどじゃない!」  イミテーション・ハーツの勤務体制はマリアとアキラ、ミイナとユタカでペアになることが殆どだったが、先日アキラがマリアに想いを打ち明けてから、変に意識してしまいアキラ自らシフトの変更を申し出、新規の依頼も無く偵察業務の無いミイナと店番をしていた。 「見てくれは良いクセにホントにもう!」 「そうかもしれませんが……」 「……アンタたまに自分がイケメンだって出してくるよね……」 「そうですか?」 「――まぁ、実際カッコいいと思うけれどさ」 「ですが、マリアの美しさの前には私の容姿など……」 「……いや、うん、それもその通りだけどさ……はぁ」  アキラにプロポーズという大それたことをするつもりなど無かった。そもそも今まで恋愛関係に無かったのだ。順序というものもある。マリアの気持ちがわからない状況のまま、自分の想いを告げるだけではなく彼女の将来を欲しいと言ったのだ。それを考えると、ミイナもアキラが悩む気持ちもわからないでもなかった。 「でもさ、なんで急にそんな……色々すっ飛ばしてプロポーズなんてしちゃったの?」 「……うちで一緒に夕食を食べることになって……その時に色々あって」 「はぁ!? え、マリアさん、アキラの家にご飯食べに行ったの!? え、マリアさんがご飯作ってくれたの!?」  そのテの話が大好きなミイナが食いつく。 「まぁ、今私が住んでいる部屋はマリアの希望に沿って探した部屋ですし……私がマリアの家から出て暫くはマリアもよく泊まりに来ていたんですよ」 「泊まり!?」 「……ミイナが想像しているようなことはないですよ? そもそもそれだったらわざわざ引越しませんよ。マリアの家で一緒に生活していた頃も何も無かったですし……」 「……それはそれで憐れ……」 「し、仕方ないでしょう? ――――あと、食事の用意は私がしました。マリアは料理が不得手です」 「え、そうなの?」 「あの人は家政婦に家事を任せていたような家の生まれです。出来なくても不思議ではないですよ」  アキラも深くは知らないし、直接マリアから聞いた話は少ない。それでも一緒に過ごしている内に見えてくる。  ミイナは興味深げに話を聞き、そして口を開いた。 「アキラはいつからマリアさんのこと好きなの? なんで好きになったの?」 「なっ、い、いいでしょう別にそんなこと……」 「いや、気になるじゃん。アタシが知り合った頃には既にアキラはマリアさんに夢中って感じだったけど、聞いてる限りその前に一緒に住んだりしてたんでしょ? 一緒に住んでる間に恋愛感情に気付いていたなら手出せばよかったじゃん」 「まさかそんな! 一緒に居られるだけで充分幸せですから!」 「……聖人か」  そう、アキラはマリアの隣に居られるだけでよかった筈だった。  特に恋愛に関心のなさげなマリアが恋人を作る場面は想像出来なかったし、それが家族愛だとしても自分を気に入ってくれているのはアキラにも伝わっていたからあえて関係を壊すような行動に出る必要もないと思っていた。 「……私は欲深き人間ですよ……一緒に居られれば――そう思っていた筈なのに、いつの間にかどんどん欲が出てしまって。マリアを独占したくなってしまうのです」 「思いつめてるトコ悪いんだけどさ、それ結構普通の感情だと思うんだけど」  悩むアキラの状況からその気持ちもわからなくはないが恋愛はもっと積極的に動くべきだと考えるミイナには、アキラの考え方に共感は出来なかった。 「好きなら独り占めしたいし、もっと近付きたいと思うし、いい大人なんだからその先に進みたいと思っても自然だよ。まぁ、付き合ってないのにプロポーズはどうかと思うけれど。アキラだって別にマリアさんが初恋ってわけでもないんでしょ?」 「…………まぁ、それなりに昔は色々ありましたが」 「確かにマリアさんはちょっとその辺の人とは雰囲気も違うけどさ、なんか神聖化し過ぎだよ。マリアさんだって普通に恋愛とか結婚とか夢見る女の人でしょ」  アキラも何度もマリアが“お嫁さんになること”に憧れているのは聞いていた。 「……自信がないんですよ、結局」  ミイナ達が想像するよりも、マリアの資産は潤沢だということをアキラは知っていた。今は自分も働いて稼いではいるが、それも結局マリアの元から出る金だ。マリアが抱えている闇も、アキラがやんちゃしていた理由とは比べ物にならないものだと思う。そんなマリアを自分が幸せに出来るのだろうかと、彼女の負担になってしまうのではないかと考えると保っていた距離を縮める勇気が出なかった。  それでも、言ってしまった。  ミイナが言う通り、恋愛感情なんて結局自分ではコントロールし切れない。  腹を決めたアキラは、ユタカにシフトを代わって欲しいと連絡をした。  連勤になるアキラをソファに座らせたマリアはハーブティーを二人分淹れ、自分もアキラの横に腰を下ろした。  少し顔色の悪いアキラを気に掛ける。 「大丈夫なのですか? ユタカが急に体調を崩したとのことですが……私一人でも平気ですよ? 今は忙しくもないですし」 「マリアを一人になんてさせられません。それに、やっぱりマリアと組むのは私でなければ」 「……そうですね」  マリアは悩んでいた。  先日アキラの家で急に真剣な表情を見せたアキラに心拍数が高くなった理由について考えて、今まで大切な家族として接してきたアキラをどう見ればいいのかわからなくなったのだ。  自分がこれまでアキラに伝えてきた言葉は、片方に恋愛感情があったのだと分かればどれ程彼を翻弄してきたのか想像もつかない。 「アキラ、この前の話なのですが……」 「――――はい」 「私は、アキラが思うような女性ではないと思います。家事が得意ではないことは……ご存知でしょうが。流行りのことはよくわかりませんし、面白味のない人間ですし、何より……――――」  人を殺めている。  沢山の血を見てきている。 「とても……とても罪深い人間です」  どれだけアキラを家族と称して傍に置いていようとも、自分の過去については打ち明けなかったマリア。知られて幻滅されるのが怖かった。 「……マリアの過去に何があったかなんて聞きません。私の過去だって話していないですからね。確かに全てを曝け出せる関係は見通しが良くて気持ちの良いものかも知れませんが、私はそうでなくてもいいんです。出会った頃から、互いに踏み込まない関係が心地良かったんです」 「……」 「それに、“家族”というものは相手がどんなことをしていようとも受け止めるものですよ」 「!」  昔マリアがコマロフに言われた言葉。  それが嬉しくて、安心してコマロフの家族になれたというのに、今までの自分はアキラを家族だと言いながら家族としての絆を信じていなかったと気付くと、マリアは瞳いっぱいに涙をためた。 「……えっ!? ま、マリア……!?」 「……」 「な、泣かないで下さい……」 「私には……勿体無い人なんです……」  マリアが知る限りでもアキラはよくモテた。  容姿が女性ウケすることもわかっているし、その真面目な性格も優しさもマリアもよく知っていた。  強くなる努力をして、人に不快感を与えない程度には容姿にも気を遣って、仕事も軌道に乗ったが、どうしても自分のような人間がアキラのような人と並べるとは思えなかった。 「……どうして泣くんですか……困った人ですね」 「泣いてなどいません……」 「……困らせたのは私のほうでしたね。マリアが泣くことはないです。ほら、いつものケーキ買ってきますから、帰るまでに涙を乾かしておいて下さい」 「……早く帰ってきて下さいね」 「勿論ですよ」  笑顔で店を出たアキラだったが、時計の長針が二周三周と進んでも戻ってくることはなかった。
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