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里奈の作品『川辺の君と』に出ているのは槙人と当時四年生だったもう一人の部員、二人だけ。先輩に出演依頼をして指示を出しながら撮るという行為に気後れしがちだが、里奈は一切そういうこともなく、かと言って生意気さを感じさせることもなく、自然に映画を撮っていた。先輩からも後輩からも親しまれやすい彼女の才能なのだろう。
「里奈ちゃん演技指導スパルタだったよな。そんな表情じゃ切なさが足りない! とか」
「いやいや、もっとやさしーく言ってますって!」
「最後のキスシーンもめっちゃ撮り直したし。おれと飯田さん何回もキスさせられてげんなりしてんのにお構いなしで」
冗談めかして言うと新入生たちがあははと笑う。充分この場は温まっているようだ。
ふと、視界の端で遥が立ち上がるのが見えた。トイレに行くようだ。
きりの良いところで槙人も席を立ち、トイレの方へ向かう。
「あ」
ちょうど出てきた遥と鉢合わせた。映研が陣取っている座敷の方から、笑い声や誰かの大声がせわしなく聞こえてくる。少し離れたここはとてつもなく静かな場所に思えた。
「よ。楽しんでる?」
「うん、まあ」
ふい、と遥は視線をそらしてしまった。
「さっき隣の子にアプローチされて困ってただろ。モテる男は辛いねえ」
「先生だって、ずっと女の子と楽しそうに話してるじゃん」
むすっとして壁に寄りかかる遥。
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