1. 講師と受験生

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「ねえ、先生」  いきなり遥が横を向いて、バサバサ睫毛に縁取られたアーモンドみたいな目とばっちり視線がぶつかる。 「この後彼女のとこ行ったりするの?」  いつもにこにこしている遥らしくもなく、とんでもない難問にぶち当たったかのように深刻そうに尋ねられる。 「いや。今日は元々会う約束してなかったし、疲れてんのにわざわざ行くとかだるい」 「あのっ、じゃあさ、この後予定無いなら夕飯食べてかない!? おれ奢るよ! 牛丼とかマックとか……」  駅が近付いてきた。階段を上ってデッキをしばらく歩けば改札が見えてくる。  駅周辺の街路樹は余さず電飾を取り付けられていて、賑々しい灯りとどこかの店から漏れ出てくるクリスマスソングが、街を浮き足だった雰囲気にさせていた。  クリスマスを楽しむ相手もモチベーションもない槙人は、ただただ一刻も早く帰りたい。 「お詫びはさっきもらったからもういいって」 「そうじゃなくて……だってせっかくのクリスマスだし。クリスマスっぽい飯は無理だけど牛丼とかなら……」 「だーめ。受験生にそんな暇はない! 帰って勉強しろ勉強」 「どうせ夕飯は食べるんだからいいじゃん!」 「どうしたどうした、そんなむきになって。そんなにおれと飯食いたいのかよ?」  冗談めかして言ったのだが、なぜか遥の笑顔が凍り付いた――ような気がした。しまった、とでも言うような。  からかわれて気分を害したのだろうか。気付かないふりをして慌てて続ける。 「もう遅いし、今日無理して食べてかなくてもいいだろ。受かったらおれの後輩になるわけだから、飯でもなんでも連れてってやるよ」 「えっ、ほんとに!?」 「受かったらな。だから今日は大人しく帰ってさくっと夕飯食って勉強しとけ。安全圏なのに滑ったら洒落になんねえぞ」  遥は顔を輝かせてこくこく頷く。子犬みたいに素直だ。
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