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うつむいた遥が声を上げて泣き出しそうな子供のように見えて、槙人は戸惑った。
遥が詩織を振った本当の理由を聞いていたことを、言うべきか。
あのことは誰にも言わないし、槙人自身も忘れた方がいいと思っていた。
しかし、遥は内側に抱えているものを吐き出したがっているように見える。
ここで槙人が、遥に叶わない想い人がいることを知っていると言えば、ぶちまけやすくなるのではないか。
「遥、あの」
「ごめん、なんか変な雰囲気になっちゃって」
ぱっと顔を上げた遥は笑っていた。しかしそれが無理に作ったものであることは明らかだった。
「詩織になんて言えばベストだったのかよくわかんなくなっちゃって。おれ、今日は二次会行かないで帰るよ。お腹もまだちょっと痛いし。ほんとは一次会も行こうか迷ったんだけどドタキャンは迷惑かなって」
「あ――おう。無理すんなよ」
「うん。槙人さんも飲みすぎないでね。唯香に怒られるよ」
「わかってるよ」
その後、遥は本当に二次会には行かず一人帰った。
結局、遥が泣き出しそうな顔で悩みを吐露しかけたのは、槙人が卒業するまでにはこの一回だけだった。次の日からはそれまでとまったく変わらない遥に戻っていて、槙人も次第に忘れていった。
時は過ぎ、遥が槙人の後輩になって二度目の春――卒業式の夜に、槙人はこの日を再び思い出すことになる。
その日、槙人と遥の関係は決定的な変化を迎えるのだが、この時はまだ知る由もない。
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