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「ねえ、槙人さん」
ゆっくりと遥は近付いてきて、槙人に向かい合って座った。
人懐こい後輩の皮を脱ぎ捨てた一人の男の目だった。
この期に及んでどうすれば今まで通りの関係でやっていけるか、必死に考えている自分の浅はかさを思い知った。
「一回だけ、ちゃんと言ってもいいかな」
狡い思考を見透かしたかのように、遥の視線が容赦なく槙人を追い立てる。引導を渡してくれと。
ああ、おまえはこんなに真正面から、ごまかしもなく真っすぐに言えるのか。
「槙人さん、初めて会った時からずっとあなたのことが好きでした。おれと……付き合って、欲しい」
途切れ途切れにゆっくりと、けれど確実に吐き出されたその言葉は死刑宣告に等しかった。
頭の中で一人の自分が言う。
――イエスと言え。そうすれば遥を失わずに済む。
だめだ、冷静に考えろともう一人が言う。
今まで女としか恋愛してこなかった。
男となんてしたことがない、ましてセックスなど想像もできない。
――試してみればいい。案外うまくいくかもしれない。無理だったら別れればいいじゃないか。
そんなことをすれば、どれだけ遥を傷つけるか。ただでさえずっと苦しい思いをさせていたのに、期待を持たせてだめになったら捨てるなんてできるわけがない。
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