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終電間近の渋谷駅前は人でごった返していて、騒いでいる大学生の集団やべろべろに酔っぱらったサラリーマン、抱き合っているカップルなど、様々な感情の坩堝だった。
「じゃあね、槙人さん」
改札の前で遥が手を振る。
たとえば一週間後、連絡したら遥は返事をくれるのか。もしかしたら、これで最後なのか。
そんなのいやだ。
遥ともっと一緒にいたい。今日も、これからも。これきりなんて、絶対にいやだ。
気付いたら、遥のスーツの裾を掴んでいた。さっき、隣で別れを惜しむカップルの女が同じことをしていた。滑稽だがなりふり構っていられない。
「槙人さん? どうしたの?」
不思議そうに顔を覗き込んでくる遥。見られたくない。今自分がどんなみっともない表情をしているかわかる。
「……もう少し、飲まないか」
「え、でも……終電もうすぐ行っちゃうよ?」
「土曜だし……別に居酒屋じゃなくても、なんならおまえの家とか」
精一杯絞り出したのに、喧騒にかき消されて遥の耳に届いていないなんてことはないだろうか。もう一度同じ台詞を言える気がしない。
「槙人さん、飲みすぎだよ。もう帰ったほうがいいよ」
困った顔をした遥に宥められる。
槙人は突然思い出した。あれは遥が受験生だったクリスマス。
あの日は遥の授業が入っていて、遅い時間に塾を出た槙人を遥は待っていた。
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