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そしてその後、何か食べて帰らないかと誘われた。槙人は早く帰って勉強しろとそっけなく断った。
あの時から、遥は槙人に想いを寄せていたのだろう。断られて傷ついただろう。
「別に酔っぱらってない」
あの時のまるで立場が逆で、槙人は意地を張った。
なんて情けないことをしているんだろうと思ったが、あの時のように大人にはなれなかった。
しつこい槙人に呆れたように――遥はついにそれを口にした。
「酔ってるよ。おれの家って……本気で言ってるの? 前にあんなことがあったのに?」
あんなこと。
卒業式の夜、遥の秘められた想いの箱を勝手に開けた。そして、意を決した遥の告白を拒否した。
遥を見上げると、恐ろしいほど静かな目をしていた。落胆も怒りも、まして高揚なんてものもない。
遥はため息をつくと、少し腰をかがめて槙人にだけ聞こえるように囁いた。
「おれ、あの部屋で槙人さんのTシャツとか夏合宿の時の映像見て、数えきれないくらい抜いてたんだよ。そんな男の部屋に自分から行くって言うの?」
酔いは一瞬で醒めた。あまりに生々しい響きが高ぶっていた心臓を握りしめる。
槙人が硬直していると、遥は少し後悔したように顔をそむけた。
「変なこと言ってごめん。でも今日は本当に駄目なんだ。これから彼氏の家に行くから」
かれし。カレシ。
あ――彼氏のことか。
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