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「……でも考えてみたらおれ、失恋どころか恋したこともなかったのかも。自分のことを好きじゃない相手を好きになるっていう感覚がまずわかんなかった。体験してみたらめちゃくちゃ辛い。なんだこれ」
こんな思いを遥はずっとしていたのか。槙人だったら一日だって耐えられなさそうなのに。
机に突っ伏した槙人を哀れっぽく見下ろしながら、大久保は缶ビールを飲んだ。
「まあ、そういう風になったのもわからんでもないけどな。おまえ、魔性臭がすごいんだよなあ……」
「ましょうしゅう? なにそれ」
「表情やら視線やら声のトーンやら、どう動けば相手の心を掴めるか無意識なんだろうけど熟知している。客と話す時だって、マイペースな話し方なのになーんか妙に引き込むんだよな。あと、そのアンニュイな雰囲気がやばい。煙草吸ってるとことか誘惑してる感半端ないもん」
「何馬鹿なこと言ってんすか。大久保さんを誘惑したことなんてないっすよ」
「わーかってるよ。だから無意識にって言ってんだろ。マメってわけじゃないけど後輩の面倒見いいのは見ててわかるし、純情な高校生だったら一発で落ちるだろうなあ……」
ここまで自分について分析されたことがないから、なんだか気恥ずかしくなってしまう。しかし、大久保の言うことは当たっている気がした。
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