第1章 御子田の郷

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「仙千代さま、お父上さまの(めい)により還俗されることになりました」  その報せが来たのは、彼が寺に入ってから半年が過ぎた頃だった。  ──神子田の邸に、家族のもとに帰れる!  出家して以来、ずっとふさぎこみがちだった仙千代の顔が、ぱっと輝いたのは言うまでもない。  その日のうちに屋敷からのお迎えが来て、仙千代は夢にまで見た「我が家」に帰った。  家族そろっての夕餉には仙千代の好物──鱧のおすまし、雉の焼き物、栗の甘露煮などが並べられ、皆で仙千代の還俗を祝った。  仙千代も腹いっぱい食べて、宴もたけなわを迎えた頃、 「ところで」  父が切り出した。 「仙千代、小谷城に行ってはくれまいか?」  それは質問の形をとってはいたが、異を唱える余地は残されていなかった。  ──ああ、そういうことだったのか……。  仙千代はひとりごちた。  父が慌てて彼を屋敷に呼び戻したのは、浅井家に人質に出すためだった。  父が選んだのは仙千代だった。  兄でも弟でもなく。  仙千代を差し出すと決めたのだ。
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