引きこもり少女たちのゲーム日記

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4月27日 ゆいかは朝にきりことゲーム  「きりこー」  「なに? ゆいか」  「呼んだだけー」  「何それ、あ、そんなこと言ってたら、やられた」  「まじで」  「たすけてー」  「まっててー」  ゲームをしながら、他愛のないやり取りを繰り返す。  ずっとずっと、待ち望んでいた言葉を交わし合う。  私のこもる小さな部屋、今は隣に私にとっての小さな灯りが住んでいる。  ※  私の一年間はずっと暗闇の中だった。  一年前、学校を逃げ出してから私は、それっきりどこにも行けていない。  引きこもり始めた最初は楽だと思った。  痛いことはないし。苦しいこともない。辛いこともない。何もありはしない。  だから、もう何も怖がらなくていいんだって。  その事実に安心してただベッドの中で震えていた。  もう、あの日々に戻らなくていいんだって、そう思い込んでいた。  でも、情けない話だけど、同時にもう戻れないんだって、ある日、わかっちゃったのだ。  私はもう他の人ができる普通ができなくなってる。  例えば、当たり前に朝、起きて学校に行くとか。  当たり前に、そこで人と話すとか。  勉強して、宿題して、部活して、人と関わって、過ごして、いつかは仕事して、自分の力で生きていく。  そんな沢山の人がやってる当たり前のことが、怖くて怖くてできなくなってるんだって、ある時、気が付いてしまったんだ。  何もかもが怖かった。今も。その(未来)も。  だから逃げるみたいに、ゲームした。逃げるみたいに、小説を書いた。逃げるみたいに、本を読んだ。  立ち直るための方法とか、動画の有料チャンネルに登録してわざわざ調べたり。必要なものを買ってみたりした。縋れるものはなんでも縋った。  でも、ダメだった。  何をしてても一年前、私は逃げたんだってことだけが、すぐ髪の毛を掴んで私の頭を引っ張ってくる。  目を逸らすなって、お前はもうどうにもならないんだって。  脅しかけるみたいに、記憶に刻み込むみたいに。  低く暗い声で、私の耳元で語りかけてくる。  ネット上にあるゲームのコミュニティに参加しようってときに、どうせ無理だろってそいつが言っていた。  書きあがった小説を投稿サイトにあげようとボタンを押しかけたときに、傷つくだけなんだから止めとけってそいつが嗤ってた。  動画にあった自分を変えるテストみたいなものを解こうとしたときに、そんなの意味ないって誰か(わたし)が溢してた。  耳の奥で、眼の奥で、頭の奥で、心の奥で。  (お前)はあの時、逃げたんだから、もうどうにもならないって。  それにあんなに苦しい想いをするのは、もう、ごめんだって。  もう変われないんだって、そう言ってた。  私は、私に、そう、ずっと言い聞かせてきた。暗いくらい部屋の中、ずっとずっと。  中毒みたいに繰り返したゲームで、独りウデマエばかりが上がってく。一体、誰に誇ればいいのか。  書き殴るみたいに積み上げた小説のデータは、誰に見られることもなく細切れに増えていく。一つだって、完成させ切ったことはなかった。  必死に書き留めた自分を変える手段は、何一つ実践されることもないまま、ノートの中身だけが黒く染まっていった。  一年間。  私は何も変われなかった。  変わらなかった。   変わろうとしてこなかった。  きりこと出会う時までは。    その出会いはすごく些細なもので。  ある日、私がベランダに顔を出してぼーっとしてたら、隣で窓がガラッと空いた。  え、と驚いている間に、同じ年くらいの女の子がひょこっと顔を出して、同じように空を見上げた。  お昼ご飯も過ぎた、そんなころ。絶賛平日、世の中は今日も今日とて忙しく回っている、そんなころ。  健全に学校に行っている学生達は、決して自宅のベランダの窓では出会わない、そんな時間。  世の中に独り取り残されてた私の隣で。  パジャマ姿のあなたはしばらくぼーっとした後、同じくパジャマ姿の私に気が付いてちょっと目を丸くした。  でも、それからああ、と納得したような顔をして。  「おとなりの引きこもりさんだ」  なんてことはないように、そう言った。  随分と長いこと喋って無くてうまく喉が動かない私を置いてけぼりして。  「私も昨日から引きこもりなの、よろしくね?」  あなたはそう言って軽く笑いながら、ひらひらと手を振った。  なんてことはない出会いだった。  きっときりこにとっては、凄く何気ない出会いだったんじゃないかな。  たまたま、隣に引きこもりの人が住んでて、たまたま自分も引きこもったから仲良くなった。  それから、なんとなく同い年なことを知って。なんとなく同じゲームをしていることを知って。  なんとなく、一緒に遊び始めた。  ただ、それだけのこと。  だから、きりこはきっと知らないと思う。  あなたと出会えて、どれだけ私が喜んだか。  もう独りじゃないんだって想って、どれだけ心臓の奥が震えたか。  きりこと一緒なら、ただ数字を積み上げるだけだったゲームが楽しくなった。  きりこになら、ずっと誰にも見せられなかった小説だって、顔が熱くなるけど見せてもいい。  きりこのためなら、今まで一つだってできなかった自分を変える知識を、実践できる気がするんだ。  私が一年間、暗闇の中で待ち続けていた灯りを、あなたが持ってきてくれたんだって。    そんなこと。  きりこはきっと知らないだろうけど。  朝、あなたをゲームに誘おうとベランダの柵をぴょんと乗り越えた。  手を伸ばして、足をかけて、身体を引っ張って柵の向こうへ。  幅にして10センチ、向かうは三階建てアパートのお隣さんのベランダで。  うちのベランダは広いから、落ちることはそうそうないけど、落ちたらちょっと大けがだ。  怖くないっていったら嘘だけど。  でも楽しいのは、その向こうにあなたがいると知っているから。  一か月前の私じゃ、絶対できなかったことも、この先にあなたがいると思えばできるから。  私がいつ来てもいいように、きりこは窓にカギをかけてない。  それだけの事実にほくそ笑んで、にやにやして、幸せが止まらなくて。  空回りしないように気を付けながら、私はちょっと息を落ち着けて。  「きりこ、おはよう! バイトいこ! バイト!」  寝ぼけ眼をこするあなたに意気揚々と声をかけた。  あなたは肩くらいの黒髪をさらっと揺らして。  軽く笑って私を見た。  こんな日々を、どれだけ私が望んでいたかを。  きっとあなたは、まだ知らない。    
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