引きこもり少女たちのゲーム日記

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4月30日 きりこの一日  引きこもりの朝は早い。  一般的にどうかは知らないけど、とりあえず私とゆいかは早い。  具体的には7時に起きる。目を覚まして、とりあえずお互い挨拶。大体、ゆいかがベランダを飛び越えて顔を出しにくる。危なくない? と聞いてはいるが、ゆいかは平気平気と笑っている。  で、大体そのままゲームに誘われる。  そのままゲームをする時間は、その日のイベントにもよるけれど、大体1時間くらい。お互いお腹が減ってきたら、一旦解散。  私は、居間にいってご飯を食べる。大体、その頃には兄貴が家を出る頃。父さんはもうとっくにいなくて、お母さんも程なくして出て行く。  私は挨拶だけして、もりもりとその日の朝食を、大体1人で食べる。うちは大体洋食だからパンとかサラダとか、お母さんの機嫌により、スクランブルエッグが固くなったり、柔らかくなったりする。余裕がないときは、半熟に作るのがめんどくさくなって強火でがっとやってしまうそうだ。  ご飯を食べたら、またゲーム。独りでやったり協力したり、どっちにしてもラインはずっと開きっぱなし。他愛のないメッセージを送ったり送られたり。  ゆいかはたまに暇を持て余すと、私の部屋に来て漫画を読んだり。私の横でプレイングのアドバイスを時折入れたりしてくる。1年間引きこもってただけあって、ゲームはゆいかの方が圧倒的にうまい。  お昼もそれぞれ。  私は作り置きがあったらそれを食べるし、なければ適当に自分で作る。  ゆいかは食卓に金が置いてあるから、勝手にそれで食べるらしい。自由だな。親御さんも作るのがめんどくさくなったのか。  大体、サラダとかサバ缶とか、なんか引きこもりの割に健康そうなものを買ってきて、わざわざ私の家で食べてる。  健康には食事から! と息巻いてそうしているらしいが、たまにファーストフードを買ってきては。負けた…誘惑に…と打ちひしがれながら、目を輝かせて至極旨そうに食べていた。瞳は正直なもんだね。  午後を回って暖かくなったら、自由時間。ゲームももちろんするけれど、二人揃ってどこかぶらぶらしに行ったりもする。近所の自然公園とか、古本屋とか、二人して自転車漕いで。学校の人に見つからないよう、三時には家に帰る。  あとは夜までだらだら。ずっとだらだらしているだけといえばたしかにその通りだけどね。  ゲームして本読んで、勉強の話もちょっとしたりして。  夜はお互い通話して、通話してって言っても大体ゲームの話。他愛のない、そんな話。  そんな感じでゆいかは11時くらいに床に着く。  引きこもりの割に随分健康的な時間に就寝する。一年間も引きこもりやってると、そこらへんバランスが分かってくるのだろうか。  それから、私はまだしばらく起きている。  なんとなく、うまく寝れないから。  夜は特に、色々と考えてしまう。  学校を逃げ出したこと、友達や親を裏切ったこと、考えてももう仕方ないと分かっていても。心は自動再生でそんなことを思い浮かべ続ける。  ゲームしたり、漫画読んだり、本を見たり、空を眺めたり。適当に時間を潰すけど。  夜中に独りでいると少し寂しくなる。  これから、どうなるんだろう。  不安はいつも首をもたげて、私に問うてくる。  何をする、何ができる、どう生きる、どう生きられる。  課せられた問いに返す答えは、私にはまだないのだと。  胃の奥に少しの痛みを抱えながら、そっとため息をついた。  そんな夜。  ピロンと音が鳴った。  ゆいかからメッセージ。  『まだ起きてるでしょ』  緩慢に指を動かして、返事を返した。  『なんでわかったの』  『ごそごそ音がするから』  ……そんなにうちの壁は薄いのだろうか、私が些細に動く音が聞こえるくらいに。  試しに壁をコンコンと叩いてみた。  程なくして、向こうからトントンと音が返ってくる。  ……思ったより聞こえるもんだね。  試しに壁に耳を当ててみると、ほんの少しだけど向こう側で何かが動く音がした。  なるほど、その気になれば起きてるかどうかくらいわかるんだ。 そんなことしてるとゆいかからまたメッセージが来た。  『寝れない?』  『うん』  『じゃあ、起きてようよ』  そんなメッセージの後、壁の向こうで人の動く音がした。  ごそごそとベッドから出る音、そこから降りて歩く音、窓が開く音、欄干に手をかけて、飛び越える音。  私の窓が開く音。  カーテンが風に押されて少し揺れる。  春の夜の暑くも寒くもない風が緩く、部屋の空気を満たしていく。  暗闇の中、ゆいかはそっと忍び足で、私が膝を抱えるベッドまで歩いてきた。  それから、枕元にそっと座ると、こてっと寝転がる。  暗闇に慣れた目に、ゆいかが少しほくそ笑んだようにして私の膝の近くに頭を転がしているのが映った。  私は何かを言おうと口を動かしたけど、その前にゆいかが、しっと唇に指をあてた。  夜だから、静かにね。  囁くように、そう告げる。  肺に溜まった空気を吐き出して、私はゆっくり頷いた。  ちょっと前に、ゆいかが言ってたことがあった。  暗いことは夜には気にしなほういいって。  考えるなら朝に思い出してあげたらいい、そっちの方が前向きになれるからって。  だから、今はきっと言わないほうがいいのだろう。不安も、後悔も。  だから、なんとなく手を伸ばして、ゆいかのおでこに触れた。  ゆいかは何も言わず、そっと自分の手を私の手に重ねてきた。  声もなく、言葉もなく。  ただ指を撫であう音だけが聞こえてる。  風の音がする。  カーテンが揺れる音がする。  どこか遠くで、何かが鳴く音がする。  私達の呼吸の音がする。  ゆいかの手は少し冷たくて、触れた部分が少し人肌の湿ったような感覚を連れてくる。  さらさら、さらさらと何度か指が撫でられる。  私もゆっくりとその指を撫で返した。  そんなことを繰り返していると、ゆいかの指からそっと力が抜けた。  膝を崩して、顔を近づけて様子を見ると、静かな寝息が聞こえてきた。  ―――寝ちゃった。  ふうと息を吐くと、胃の底から、胸の中から、頭の奥から、よどみのような痛みが少しずつ抜けていった。  こてんと身体を転がすと、ベッドがぎっと音を立てて、私を受け止めた。  あれ、いつのまにか、眠いな。  身体の力が抜けている。  横になると気づけば瞼が閉じかけていた。  意識が途切れる前に、そっと隣で寝息をたてるゆいかに布団を被せて。  私はゆっくり、眼を閉じた。  おやすみ、ゆいか。  何かを伝えてくれたわけじゃないけれど。  ただ一緒にいてくれた。  私はゆいかの手を軽く握って目を閉じた。    ※  翌日ゆいかは目を覚ますと、何度か私を見て、寝ながら繋がれた指をみて、何度も目を瞬かせていた。  「おはよ、ゆいか」  「………」  「なんで顔真っ赤なの?」  「……私はどうして……ここに?」  「はあ……?」  その後、ゆいかに昨晩のことを思い出させるのに結構、時間がかかったのだった。あんなイケメンムーブしといて、残念な子である。  まーったく、しょうがないなあ。
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