引きこもり少女たちのゲーム日記

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5月1日 ゆいかはきりことひざまくら  「ゆいかはなんでゲームずっとしてるの?」  「んー? そりゃ、楽しいから。あとやることがないから」  「ふうん」  「きりこは?」  「んー、合法的に人が殺せるから?」  「こえー」  「さいこぱすきりこと呼んでくれてもいいよ」  「ナイフで戦ってそう、名前的に」  「ところがどっこい、今の私はスナイパー」  「ちなみにスナイパー経験は?」  「ここ三時間」  「こころもとねー」  「百発……7・8中くらいかな」  「あてにならねー」  「後方支援は任せなさい」  「頼むよ、さいこぱすきりこ」   ちなみにその試合はフツーに負けた。スナイパーは練度が命だからねえ、しゃあない。  ※    「しかし、雨ですな」  「雨だね」  四月も終わりが近づき、五月の連休もそろそろかという頃、私達はきりこの部屋でごろごろしていた。  いい加減、眼が疲れたので、二人してゲームは取りやめにして窓の外を眺めていたのだ。  こういう時、普段なら外に出て気分でも晴らすのだけど、今日は残念ながらこんな天気だ。気持ちいい風の一つもあてにできない。どうしても気が滅入ってしまう。  仕方ないので、リラックスを得ようと私はきりこの膝に頭を転がした。  適当に避けられるかなと思ったけど、思いのほかすんなりと頭はきりこの細身な太ももに着地する。  部屋着の薄手のズボンの感触が私の頭に伝わってくる。うむ柔らかいと、評論家気取りで満足した。10点あげよう。  「突然、なに?」  「いや、セロトニンを補充しようと思って」  「……何それ」  「幸せ物質、人と触れ合ってると補充されるの」  「ふうん」  「普段は太陽に当たると補充されるんだけど、今日の天気では供給不足が予想されるので、臨時措置という奴だよ」  「要するに、雨で気が滅入ってるから癒しが欲しいと」  「そういうこったね」  きりこと窓の外の雨雲を見たまま、そんな会話をする。どっちも平たんで、抑揚のない会話。  恋人同士だったら、これにどきどきとか恥じらいとかがあったのかもしれないけれど。私達にそんな爛れたものはなかった。  あるのはただの安らぎと、雨粒程度の幸福感。独りじゃないという、ただそれだけの安心感。  ぴちょんとぴちょんと、私が頭を当てるきりこのふとももから音がする。小さな幸せの音がする。  さっきまでゲームで荒れていた息が落ち着いていく。意味もなく、ずーっと痛む胸の奥が少し、ましになる。  ふーっと長く息を吐くと、頭をぽんぽんときりこの指が撫でてきた。それから少し、首を撫でられる。  「でかいネコだね」  「体重はトップシークレットだよ」  「身長は?」  「一年前で155……測ってないけど、伸びてるのかなあ」  「私も157とかだから、そんな伸びてないんじゃない。多分、身長同じくらいでしょ」  「そっか、まあ中学で成長止まったし、そんなもんだよね」  フィクションだと高校生から大学生にかけて女の子ってすごく成長するような描写がされるけど、実際のところ、大体小学生から高校生始めくらいで成長って終わるよね。男の子より成長期来るの早いから。なんでこう齟齬があるんだろう、書いてる人が男の人だから、自分たちのイメージで書いちゃうのかな。  「今度、測ってみる?」  「どこで?」  「市民プールとか、銭湯とかいってさ。あーいう所って、体重計とか身長計あるじゃん?」  「体重計はよく見るけど、身長計あるかな」  「近所のプールと銭湯はあったよ。小学校の頃の記憶だから、今もあるからわかんないけど」  「じゃあ、今度いこっか」  「うん」  雨を見る。白い雲が、水の粒を降らしてる。雨粒が小さいから、あまり音はしてなくて、たまにベランダから水滴が落ちる音がぽつぽつと響くだけ。  「ところできりこ、今度っていつ?」  「晴れた日でしょ」  「明日、晴れるかな」  「さあ」  平坦なやり取りを繰り返す。  抑揚のない日を過ごしてく。  きっと世間ではいろんな問題が起こって、いろんな喜びが舞い散って、いろんな感情が波打ってるんだろう。  でもそんなの、今の私達には関係なくて。  だってここは小さな小さな、洞窟の奥の水たまり。  大海原も渓流も、嵐も雪もどこ吹く風だ。  いつか乾いて、なくなるまで。  そっと目を閉じて過ごしてる。  いつかどちらかが出ていくまで。  そっと心を閉じて過ごしてる。  私ときりこ、どっちが出ていくのが早いかな。  願わくば、私よりきりこのほうが、早くこの部屋を立ち去ることを祈りながら。  「はー、幸せ」  「足痺れてきたんだけど」  「もうちょっと頑張って、私の愛しい太もも」  「ゆいかに太ももあげた記憶はないよ」  私はそっと、隣の君に頬ずりした。  だって、今はその時じゃないのだから。  まだ私は、この些細な幸せに身を浸していたかった。
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