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告白
ねえ、魔女様。
結局のところ。
この世に不老不死の術はありませんでしたね。
八尾比丘尼と人魚の肉も。
始皇帝の水銀と徐福の薬も。
竹取の翁が燃やした月の霊薬も。
蛇に奪われた古代の王の神秘も。
神の酒も、若返りの泉も。
時を超える伯爵も、不死鳥の血も。
吸血鬼の眷属も、賢者の石も。
魔女の呪いも、救世主の祝福でさえも。
どれ一つとして、それを成すことは適いませんでした。
たくさんの人が、それを成そうとして成しえなかったことだから。
だから、当たり前だ、と魔女様は言いますけど。
そんなこと、私は納得したくありませんでした。
あなたを独りにしたくない。
あなたに泣いて欲しくない。
あなたに寂しい想いをして欲しくない。
そう想って、私はずっと歩いてきました。
たくさんの旅をしました。たくさんの出会いを経ました。
東に、西に。
未開の大陸に、息も凍る大地に、うだるような熱さの火口に、風の吹きさすぶ谷に、一面翡翠色の湖に。
天狗と出会いましたね。竜とすれ違いましたね。人魚と笑いましたね。どこかの王様と喧嘩したことだってありましたね。
素敵な人と決別しました、大事な人と別れました、なんてことはない人と別れました、憎いと思う人と別れました。
旅で別れ。手を振って別れ。裏切りで別れ。傷つけて別れ。最期は、死に別れましたね。
小さな町で薬を作って売りながら、時々、そんな旅をしましたね。
不老不死を求めて、何度も、何度も。
諦めたくなくて、泣いて欲しくなくて、傷ついて欲しくなくて、独りになって欲しくなくて。
でもある時、私はふと気が付いてしまったんです。
あれは確か魔女様が、最初に出会った魔女の話をしているときでした。
あなたはその初めて出会った魔女が、とても大事な人だと言いました。
親であり、師であり、家族であり、仕事仲間であり、かけがえのない友人だったと言いました。
でも、あなたはその人の名前を思い出せなくなっていましたね。
100年、200年という月日は、きっとその人にとって、忘れたくない大事な記憶すら風化させてしまうのでしょう。
だってあなたは、自分の最初の名前すら思い出せないというのですから。
そして、いつかこれから何百年もたった日には、あなたは私のこともきっと忘れてしまうのでしょう。
私の顔も、名前も、声も、過ごしてきた日々も。
何もかも忘れていってしまうのでしょう。
私は——————、それがたまらなく、嫌だったのです。
結局、私はそれが全てでした。
あなたを独りにしたくないのは、本当です。
あなたに泣いて欲しくないのも、本当です。
あなたに寂しい想いをして欲しくないのだって、本当です。
でも、私が忘れられたくないのも、本当です。本当に本当だったんです。
永遠に生きるあなたの中から、いつか私という存在が消えてなくなる、そのことだけはどうしても嫌なんです。
私はこんなに想っているのに、いつかあなたは私のことなんて忘れてしまうなんて。
だって、そんなの不公平じゃないですか、
そんなの、嫌です。
嫌、なんです。
私は。
魔女狩りで火あぶりにあったのを救われた、あの日から。
あの村から手を取って連れだしてくれた、あの日から。
暗い雨が降っていた、あの日から。
あなたが私に全てをくれた、あの日から。
私にとって、あなたは全てなんです。
魔女様はそこのところ、実はよくわかっていませんでしたよね。
だから、今日はそれを思い知らせてあげようと思うのです。
私にとって、あなたがどれだけ大事なのか。
私は、私の全てに代えたって、あなたの中で生きていたいんです。
忘れさせてなんてあげません。
私は、私の全てを使ってでも、あなたを幸せにするのです。
私は、私の全てを刻み込んででも、あなたの幸せになるのです。
たくさんの旅をしましたね。
たくさんの出会いをしましたね。
たくさんの別れをしましたね。
たくさんの綺麗なものを見ましたね。
海で。
空で。
山で。
川で。
湖で。
平原で。
街で。
村で。
城で。
教会で。
洞窟で。
たくさんの綺麗なものを見てきました。
たくさんの景色をあなたと一緒に見てきたんです。
実はいつからか不老不死の探索より、あなたといろんな所に行くのが目的になっていました。
だって、そうすれば、もしかしたら。
あなたが綺麗なものを見るたびに、私を思い出してくれるかもしれない。
あなたがどこかに旅するたびに、私の顔を思い出してくれるかもしれない。
あなたが誰かと出会い、別れるたびに、私の名前を思い出してくれる、かもしれない。
あなたはいつかどこかで、私の歌を思い出してくれるんでしょうか。
18になった頃、私は自分の魂に魔法を一つかけました。
魔法と言っても、魔女でもない魔力が少ない私にも出来るのは、おまじないみたいなものですけどね。
え、どんな魔法か、ですか?
えーとですね。
いつか、いつか、遠いどこか。
私と同じ名前の誰かが、どこかで生まれるそんな魔法です。
そして、私を知っている誰かがその人に会うと、掛け替えのない人になれる。
そんな、魔法です。
ただ、おまじないみたいな物ですから、効果のほどはわかりません。
効果が表れるのも、数年後でしょうか、数十年後でしょうか、ともすれば、もっと時間がかかるかもしれません。
それに、そもそもこの広い世界、会えるかどうかもわかったものじゃありませんね。
でも、絶対に見つけてくださいね? 魔女様。
お願いですよ。
わたしがいなくなっても。
幸せになってくださいね?
きっとその子といれば楽しいですから。
………………。
それで、今日のお願いなんですけど……。
え……と、刻んで……欲しいんです。私の名前。どこでもいいです、ちっちゃくてもいいです。
あ、魔女様にしか見えないところがいいかな、その、身体のどこかに。
そしたら、えっともしこの約束忘れちゃっても。おや? って想うじゃないですか。
同じ名前の子と出会ったら、ちょっと気になるかなって想うじゃないですか。
もちろん、そうやって刻んだ名前でずっと私のことを思い出してくれるのがベストなんですけれど。
え? そこまでマジでやる? ですか?
マジですよ! 大マジです!!
水蓮の魔女さんに聞いて、魔力で刻む絶対取れない刺青だって習ってきたんです。
言ったでしょう?! 私の全部を使ってでも魔女様に、私のことを刻み付けるって!!
いいですか? 覚悟しといてください。
たとえ私の時間ががあなたにとって、たったの50年でも。一瞬で過ぎ去ってしまうような時間だとしても。
私は、私の全てを賭けて、あなたの心と身体に私を刻み込むんです。
100年経ったって、1000年経ったって、忘れさせてなんてあげないんですから。
いつまでたっても、あなたはそういえばアリアっていう変な子がいたなあって想い出すんです。
あなたを好きな子がいたなって、幸せな記憶があったなって思い出すんです!!
いいですか?! 絶対ですからね!!??
もう!!
笑わないで!!
もう! もう!! もーーーーーうーーーー!!!
ねえ、魔女様、愛してますよ。
照れ臭いけど、愛くらいしか、この気持ちの呼び名がわからないんです。
だから、どうか忘れないで。
それと、その子を見つけたら、どうか笑ってあげてくださいね。
これがエピローグ いつかの魔女への贈りもの
私の、いつかのあなたにでき それは、燃えるような赤毛の人だった。
20歳くらいの容貌で、私より少しだけ背が小さな女性。
野球帽を被って、パーカーを着た、まったく飾り気のない人だった。
そんな人と、通学路の途中でばったり会って、私達は何故かお互い目が離せなくなっていた。
一緒に歩いていたクラスメイトが不思議そうに私の顔を覗きこむ。
彼女たちが何か言っているはずだけれど、声が遠くて聞こえない。
その人は、そっと私の近くに歩いてくると、優しく笑いかけてきた、まるで仲のいい友達みたいに。
「やぁっと見つけた……。まさか、こんな東の果てにいるなんて想いもしないじゃん、西洋名なんだしさ。まったく、何度違う『アリア』を見かけたか、大変だったよ?」
そう言うと、その人はぎゅっと私に抱き着いた。周りの声が妙な調子で色めきだつ。
訳も分からぬまま、感じる人肌は何故だかどうして懐かしくて、名前すら知りもしないのにこの人がどれだけの時を経てここにいるのかだけはわかっていた。
「いつぶりかな、200年から先は覚えてないや。もう、こうして残ってるのも私、独りだけになっちゃったよ」
その人は、なぜだか、そういって泣きだした。
まるで。
まるで、そう。
何年も、何年も、出会えなかった想い人にやっと出会えたみたいな、そんな泣き方だった。
泣きながら、抱きしめられた。
私は震える嗚咽だけを、ただただ感じていた。
わけがわからない。
知らない人が泣いている。
私を見て、私の名前を呼んで。
愛梨彩なんて、そうそうある名前じゃないって言うのに。
どうして。
なにより、どうして。
私も泣いてるんだろう。
悲しくて、泣いてる、わけじゃない。
嬉しくて。
嬉しくて。
本当にただ嬉しくて。
どうして私はこんな気持ちで泣いているんだろう。
分からないまま、答えなんて何一つ出ないまま。
私はぎゅっと、その人を抱きしめた。
永い、永い、旅路の果てに。
ようやく私に、辿り着いた、そんなあなたを抱きしめた。
掛け替えのないあなたを抱きしめた。
※
昔、×の×女、と私は呼ばれていた。××××年前くらいの頃、××××の地域の近くに住んでいた。
そこでその子、と×××と暮らしいてた。
幸せな、とても幸せな日々だった。
いろんなところに行った―――はずだ。
×の×××××を探しに行って、帰りに××××に登ったっけ。
×××××と出会って、後々聞いたらそれが××××××××だったそうだ。×××××から聞いたことだけど。
たくさん、たくさん旅をした。
いろんなところに、その子との残滓が残ってる。
××××だ顔が見える。××××る声が聞こえる。××××いる姿が浮かぶ。
××××に×××した。××××と××××れた。×××××とも、あの子お陰で×××××できた。
もうほとんど、思い出せないけれど、記憶をそっと指先でなぞれば、うっすらとした何かが残ってる。
そんな、残滓に誘われて、私は今日もふらふら歩いてた。
時代は移り変わって、魔×や×も扱いにくくなって久しい。大半の知り合いは当に、木や岩、風や炎、水や雲に姿を変えた。
理由はきっと、人それぞれで。
時代の流れに耐えられなくなったり、人生に満足したり、そうしたほうが気持ちいいからなんて奴もいただろうか。
誰が誰だか、もう思い出すこともできないけれど。
そういえば、最後に残っていた××に聞かれたことがあったっけ。
いつまで、待ってるの? って。
いつまでもって答えたら、彼女はどんな表情をしていただろうか。
もう、想い出すこともないけれど。
でも約束だけは、まだ覚えてる。
会わなきゃいけない、どうしてだかはわからないけど。
胸元に小さく刻まれた刺青が、私の背を突き動かす。
どうしても、この子に会わないと行けないんだ。
そう、この子があの幸せな記憶の手掛かりなんだから。
忘れないでと、ずっとずっと願われて、私は生きてきたのだから。
そうして私は町の中を独り静かに歩いてた。
思えば、こうして××××年。
たくさんの時を過ごしてきた。
たくさんの別れを越えてきた。
その気持ちすら少しずつ風化して、見えなくなってきたけれど。
この旅は、この人生は、けっして悲しいだけのものではなかった。
たくさんの人と出会ってきた、たくさんの場所に訪れた。
たくさんの綺麗なものを見た。
だから、笑って私はあの子を探し続けた。
『アリア』なんてたくさんいたから、たくさんの関係のない子となかよくなったけ。
おかげで、出不精の私だけれど退屈しない××××年間だった。
騒がしいアリア、陰気なアリア、よく泣くアリア、よく笑うアリア、ネコが好きなアリア、工作好きなアリア、浮気してたアリア、豪快だったアリア。
さあ、次はどんな子と出会うのかな。
そう想って、私はふと目を上げた。
ここは東の果ての小さな国。
アルファベットを使わない国だから、アリアとは中々出会わないけど、ご飯がおいしいから、たまにこうしてやってくる。
小さな国の、小さな町、なんてことはない道の端。
ふと何かが聞こえてきた。
なんだろう、この国の言葉じゃないね。
どこかの国の子守歌。
どこかの誰かの想い出の歌。
いつか聞いた、そんな歌。
きっと、海を越えて、代を越えて、偶然の末に、こうして東の果てに流れ着いた、そんな歌。
道の先から歩いてくる。
女の子の集団のその一人。
外国の歌はかっこいいねと周りの子が持て囃す。
その子は、そうでしょ? ってちょっと自慢げで。
それから私とそっと何気なく目が合った。
君に会った時、どうしよっかなってずっとずっと考えてたんだ。
だって、君は何も知らない。
私だけが知っている、私だけが覚えてる。
だから、急に仲良くなろうとしたら困るよね。
嬉しくても、急に泣きだしたりするのは厳禁だから。
だからゆっくり少しずつ。
ちょっとずつ君と仲良くなろう。内気な子どもが初めての友達と仲良くなるくらい、ちょっとずつ。
そしたら今度は、私がいろんな所に連れていってあげるんだから。
何年分もの想い出を、またたくさん君と創ろう。
だから初めは、ゆっくりと。
…………そう想っていたのにね。
笑えるくらいに、涙腺は言うことを聞いてくれなくて。
足が勝手に君の方へ歩いてく。
腕が勝手に君のことを抱きしめる。
声を上げて泣いてたら、なんでか君も泣いていた。
ああ、ああ、ああ。
ああ、もう笑えるほどに台無しだ。
だからせめて、精一杯に泣いていよう。
××××年分の会いたかったを、××××年分の想い出を、××××年分の幸せをどうにか君まで持ってきたよ。
いつかの君からの贈りものが、今、ようやく届いたよ。
ある小さな国の、小さな町。
もう独りじゃないんだと。
そこで二人、私達は泣いていた。
掛け替えのない君を抱きしめて。
おしまいる、精一杯の贈りものなんですから。
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