満月

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満月

満月の夜は人を狂わす。 満月の日は気をつけなさい、と幼い美静に誰かが言った。 満月の夜は美しい。でも何となく心がざわめく。 今夜も美しい満月。 パトカーのサイレン音が遠くで響いている。 空を見上げながら家路を急ぐ。 誰もいないはずの美静の部屋の灯かりがついている。 電気の消し忘れはありえないと思う。 それよりも窓越しに人影。 少なくとも二人はいる。 警察のみなさん忙しいのにごめんなさい。 そう思いながら美静は警察に連絡を入れた。 警察官が来るまでの時間がやけに長く感じる。 今日は満月。事件や事故も多いのだろう。 まさか自分も当事者になるなんて。 美静はぼんやりと満月を眺めながら警察官の到着を待った。 セキュリティのしっかりしたマンションのはずだった。 どうやってあの部屋に侵入したのだろう。 そんなに高価なものなど持っていないのに、何が目的だったのだろう。 考え事をしていたら警察官が到着した。 まだ人影は消えていない。 美静は警察官と一緒に部屋に入っていった。 ありえない。 ワンルームのベッドの上で婚約者と親友が裸で抱き合っていた。 こだわりぬいて選んだお気に入りのベッドやシーツが 二人の体液で汚されていた。 どちらにも合い鍵は渡していない。 警察官に二人の荷物を調べてもらう。 美静の通帳や貴金属がでてきた。 不法侵入と窃盗で訴えるのはもちろんとして ベッドなども器物破損で訴えることにした。 どこからか声が聞こえる。 満月の夜は気をつけなさい。 でもどう気を付ければよかったのだろう。 美静は満月の夜に婚約者と親友、住む場所を失った。 二人に汚された部屋で生活するなんてもうできるはずがなかった。 親友の勝ち誇った顔。 その後すぐ醜く歪んで憎しみの眼差しを美静に向けた。 美静の知らない親友の顔。 満月が親友の本質をさらけ出させたのだろうか。 目の前で起きた事実を消すことはできない。 親友の左手の薬指には美静の婚約指輪がはめられていた。 親友とは対照的に婚約者は茫然自失。 何が起こったのかわかっていないようにもみえた。 自分たちが引き起こしてしまった現実に青ざめていく。 満月が婚約者を狂わせたのだろうか。 それでも起こってしまった事実を取り消すことはできない。 何か言葉を発したら涙がこぼれそうだから だから何も話せない。 二人の前で泣いたりなんかしたくない。 目の前の現実を受け止めるのにせいいっぱいで 満月を仰ぎ見た。 二人が警察に連行されていく。 今夜はどこで過ごせばいいのか 今も現場検証が行われている部屋を眺めている。 どこか他人事のような でもやっぱり美静は当事者で 感情が、思考が、いろいろなものが追い付かずにいた。 満月から新月へと月が欠けていくように 美静の感情も欠けていく。 思考が止まる。 現実に冷静に向き合おうとすればするほど どうしたら良いのかわからなくなる。 やるべきことリストなんてものを作ってみる。 最優先事項は引っ越しだ。 浮気カップルに使用された家具なども買い替えなければならない。 婚約中に起きた事件だので弁護士にお願いしたほうが良いと 周りの人たちに強く勧められているから弁護士探しもしなくては。 ただでさえ残業続きで忙しいのに。 大きく深呼吸する。 そして無になる。 感情はいらない。 事務的に事後処理を進めていくだけだ。 略奪する親友なんていらない。 浮気する婚約者なんて言語道断だ。 犯罪者となった親友や婚約者なんていらない。
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