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誰かが言った。
【子供は親を選んで生まれてくる】と。
あぁ、なんて笑えない理屈だ。
だとしたら、私は虐待する人間を選んで生まれたことになる。
自分以外の人間が、幸せに笑っているのが許せない父親。
自分より弱い立場の人間を、イジメるのが好きな母親。
兄と姉は見事に両親のコピーで、将来は見事な犯罪者になることだろう。
最底辺の末妹は、家族のゴミ箱であり、ストレス発散のためのサンドバックだ。抵抗らしい抵抗をする前に、事故死を装って殺された。
今の私は幽霊だ。
幽霊になった私は、みんな見ていた。
娘が死んで、保険金をもらった家族はみんな笑顔。
生まれて初めて感謝されて、都合のいい思い出話に花が咲き、頭の中では保険金を活用するためのソロバンを弾ている。
調子に乗った彼らは言った。
「また、うちに生まれて来いよ」と。
ふ・ざ・け・る・な
生まれて初めて激怒した私は、力が湧いてくるのを感じた。
この湧き上がる強い怒りに身を任せて、相手を呪えば、その相手が死ぬことが直観的に分かった。
私は家族を呪い殺した。
……と、思っていた。
「ちくしょう、なんでこんな目に」
「アイツが生きていたら、二人を押し付けることができなのに」
私はうまく怒れなかった。
両親を呪い殺せないかわりに、一生寝たきりで後遺症に苦しむことになるだろう。
介護する兄と姉は両親を挟んで罵り合っている。
二人とも介護を一方に押し付けて、保険金をどうやったら多めに奪えるのか、そんな悪辣なことを考えている。
私は虚しさを覚えて、近所の公園に来た。
最近、公園の近くに富裕層向けの高層マンションが建ったせいなのか、公園の利用者はみな身なりがよくて、苦悩とは無縁な満たされた表情をしている。
「生まれてくる子は男の子かな? 女の子かな?」
「どっちでもいいよ。元気が一番さ」
あ。
私の目に留まったのは、ベンチに座っている夫婦だ。
彼らの白い歯、艶やかな髪、清潔で一見で高価だと分かる服装。
とくに私の目を引いたのは、彼らの幸福に満ちた笑顔だ。
夫婦の視線の先には、臨月の大きな腹がある。
私はこの時悟った。
【子供は親を選んで生まれてくる】理由。
なんで、彼らは親を選べたのか。
――それは。
衝動のままに、私は胎児に乗りうつると、その幼い魂を握りつぶした。
「あっ、蹴った」
「おぉ、元気がいいな」
なにも知らない両親は、本来の子供が上げた断末魔に気付かない。
なんの罪もない胎児の人生を乗っ取った私は、これからこの両親に愛されて、普通に笑ったり怒ったりしながら人生をやり直すのだ。
【子供は親を選んで生まれてくる】
だれが最初に言ったのかは分からない。
だけど、そのうちの何人かは私と同じように、死んでも怒りを消化できず、この世の未練から胎児の人生を乗っ取った。
今度こそ、両親から愛されるように、幸せになるように。
私もそうだ。諦めるなんてできない。
願わくば、私が選んだ両親の幸福が続き、我が子を虐待しないことを祈ろう。
そして、そこそこ成長したら笑顔で言うのだ。
『私を生んでくれて、ありがとう』と。
【了】
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