私を生んでくれて、ありがとう

1/1
7人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
 誰かが言った。 【子供は親を選んで生まれてくる】と。  あぁ、なんて笑えない理屈だ。  だとしたら、私は虐待する人間を選んで生まれたことになる。  自分以外の人間が、幸せに笑っているのが許せない父親。  自分より弱い立場の人間を、イジメるのが好きな母親。  兄と姉は見事に両親のコピーで、将来は見事な犯罪者になることだろう。  最底辺の末妹()は、家族のゴミ箱であり、ストレス発散のためのサンドバックだ。抵抗らしい抵抗をする前に、事故死を装って殺された。  今の私は幽霊だ。  幽霊になった私は、みんな見ていた。  娘が死んで、保険金をもらった家族はみんな笑顔。  生まれて初めて感謝されて、都合のいい思い出話に花が咲き、頭の中では保険金を活用するためのソロバンを弾ている。  調子に乗った彼らは言った。 「また、うちに生まれて来いよ」と。  ふ・ざ・け・る・な  生まれて初めて激怒した私は、力が湧いてくるのを感じた。  この湧き上がる強い怒りに身を任せて、相手を呪えば、その相手が死ぬことが直観的に分かった。  私は家族を呪い殺した。 ……と、思っていた。 「ちくしょう、なんでこんな目に」 「アイツが生きていたら、二人を押し付けることができなのに」  私はうまく怒れなかった。  両親を呪い殺せないかわりに、一生寝たきりで後遺症に苦しむことになるだろう。  介護する兄と姉は両親を挟んで罵り合っている。  二人とも介護を一方に押し付けて、保険金をどうやったら多めに奪えるのか、そんな悪辣なことを考えている。  私は虚しさを覚えて、近所の公園に来た。  最近、公園の近くに富裕層向けの高層マンションが建ったせいなのか、公園の利用者はみな身なりがよくて、苦悩とは無縁な満たされた表情をしている。 「生まれてくる子は男の子かな? 女の子かな?」 「どっちでもいいよ。元気が一番さ」  あ。  私の目に留まったのは、ベンチに座っている夫婦だ。  彼らの白い歯、艶やかな髪、清潔で一見で高価だと分かる服装。  とくに私の目を引いたのは、彼らの幸福に満ちた笑顔だ。  夫婦(ふたり)の視線の先には、臨月の大きな腹がある。    私はこの時悟った。   【子供は親を選んで生まれてくる】理由。  なんで、彼らは親を選べたのか。 ――それは。  衝動のままに、私は胎児に乗りうつると、その幼い魂を握りつぶした。 「あっ、蹴った」 「おぉ、元気がいいな」  なにも知らない両親は、本来の子供が上げた断末魔に気付かない。  なんの罪もない胎児の人生を乗っ取った私は、これからこの両親に愛されて、普通に笑ったり怒ったりしながら人生をやり直すのだ。 【子供は親を選んで生まれてくる】  だれが最初に言ったのかは分からない。  だけど、そのうちの何人かは私と同じように、死んでも怒りを消化できず、この世の未練から胎児の人生を乗っ取った。  今度こそ、両親から愛されるように、幸せになるように。  私もそうだ。諦めるなんてできない。  願わくば、私が選んだ両親(ふうふ)の幸福が続き、我が子(わたし)を虐待しないことを祈ろう。  そして、そこそこ成長したら笑顔で言うのだ。 『私を生んでくれて、ありがとう』と。 【了】1ca8caa6-358a-4874-a2d6-24609771b279    
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!