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二年前の駅前にて
海外の雑貨を取り扱う会社に志織が入社したのは二十歳の時だ。それから一年、なんとか頑張って仕事をこなしているものの、どうにもこうにも労働時間が長すぎる。まだ一年目、にしても与えられる仕事量が半端ではない。これが志織だけなら上司や先輩に相談、となるが、その上司と先輩は志織以上に仕事を抱えているのだからどこにも訴えようがない。むしろそれだけ大変であるというのに、なんとか新人を育てようと時に優しく時に厳しくと接してくれているのだから、それだけでもお釣りがくるほどありがたい。
これはもう職場の人間が悪いのではなく、会社自体が悪いのだろう。給料はきちんと出るし、そこに残業代と諸々手当が付くのでそれなりの金額は毎月手に入る。ギリギリのところでブラック企業認定は免れているが、限りなくブラックに近いグレーゾーン。
この一年、ずっとそうした環境で働いているものだから、その日も志織はクタクタだった。疲れ切った脚をどうにか動かし、フラフラと駅へ向かっていると唐突に声が掛かる。
「ねえおねーさん、おれ達を買わない? すげえ気持ちよくしてあげるよ」
通常であれば無視して通り過ぎるだけだが、悪質なことに目の前に立たれては志織も顔を上げざるをえない。そこに立つのは予想通りのいかにも、なチャラついた格好の若者一人、そしてその陰に隠れてもう一人いた。
「最後までしないからダイジョーブ。おれ達、女の人を気持ちよくしてあげるのが好きなだけだからさ」
なにが大丈夫なのか。大丈夫じゃないじゃない、君らの頭が。そんな突っ込みも脳内には浮かぶ物の、口から出るまでの元気がない。
「おねーさんずいぶんとお疲れじゃん? おれらで癒やしてあげるよ?」
それよりも帰りたいし帰らせてほしい。志織は無言で立ち去ろうと一歩横へずれた。すると、後ろにいたもう一人がその前に立つ。
だから帰りたいんだってば! とその瞬間志織はキレた。はあああ、と一際長く重い息を吐いてゆるりと顔を上げる。
「君たち学生?」
「どっちも十九。だから最後までしないの。おねーさんもインコーにならないでしょ?」
「十九……十九……わたしもちょっと前まではその立場だったのに……!」
「おねえさん?」
ここで初めてもう一人の青年が志織に声を掛けるが、ブツブツと小声で呟く志織の耳には届かない。
「いいなあ十九かあ……年金も保険も住民税も引かれない年にわたしも戻りたい」
あ、やばいのに声かけた、と二人が軽く引いた所で志織は冷たく言い放つ。
「納税の義務すら背負えない子供はお利口に帰って寝なさい」
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