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再び、駅のホームにて
「そんな風に言って、最後にバーカバーカ、って叫びながら走って行ったおねえさんが忘れられなくて」
ひあああああ、と志織は心の中で叫びつつ、ひとまず赤くなった顔を両手で隠す。
思い出した、たしかにそんな事があった。今の今まで忘れていたのは、思い出すとあまりにも恥ずかしいからだ。なんだその、「バーカバーカ」って。子供か! そんな突っ込みが吹き荒れる。
「ご……ごめんなさい」
「どうしておねえさんが謝るの? おれはすごく感動したのに」
「いやだってあんな……え?」
感動? と志織は驚いて顔を上げた。するとやたらと近い距離に青年の顔があり、咄嗟に半歩後ずさる。
「あの頃のおれはちょっと……家のこととかで色々あって、あんなバカな真似ばっかりしてたんだけど」
距離ができた分だけ青年も近付く。いやなぜに? と志織はもう半歩後ろに動いたが、踵が引っかかり身体が傾ぐ。うわ、と声を出すより早く青年が志織の腕を掴んで引き寄せた。
「あ、……りがとう」
とりあえず礼を言い、掴まれた腕を引き抜こうとするが動けない。チラリと視線を向けると、それに気付いた青年が名残惜しげに手を離した。
だからなぜに? と志織は内心落ち着かない。出会いがあったのは分かったし思い出した。しかしだからといって、こうも距離が近かったり接触が多いのは何故なのか。
まあ援交みたいな、というかまんま援交を持ちかけていた過去があるのだから、女性との距離も近いのだろうと結論付けると「違うから」と訂正が飛んできた。
「え」
「あんな下衆なことしてたけど、だからって誰彼構わず近付いたり触ったりしない」
なぜ思考がバレた、と驚く志織をよそに青年はさらに言い募る。
「おねえさんのあの言葉に、おれすごく感動したんだ」
「あれに?」
「それまで誰もあんな風に言ってくれる人いなかったから」
そりゃそうだろうと志織は思った。この青年もだが、もう一人もすこぶる顔の良い部類だった。イケメン二人に声を掛けられれば、まあ大抵は引っかかるだろう。志織は単に疲労困憊だっただけだ。
「おねえさんに言われて目が覚めて、それからちゃんと真面目にやろうって気持ち入れ替えて頑張って、会社立ち上げて」
「会社立ち上げて!?」
突然のパワーワードに志織は大きな声を上げてしまう。あ、と慌てて口を押さえるが、周囲にも聞こえていたのか視線が志織と青年に飛ぶ。
「え待って会社って……あなた、あの時十九歳でしょ……? あ、学生の内に起業したとかそういう?」
「大学はあの時もう卒業してたんだ」
「……はい?」
「飛び級でアメリカの大学出て」
そこまで言って今度は青年が短く叫びを上げる。
「あの、おれまだ自己紹介してなかった!」
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