再び、駅のホームにて

1/4
前へ
/10ページ
次へ

再び、駅のホームにて

「そんな風に言って、最後にバーカバーカ、って叫びながら走って行ったおねえさんが忘れられなくて」  ひあああああ、と志織は心の中で叫びつつ、ひとまず赤くなった顔を両手で隠す。  思い出した、たしかにそんな事があった。今の今まで忘れていたのは、思い出すとあまりにも恥ずかしいからだ。なんだその、「バーカバーカ」って。子供か! そんな突っ込みが吹き荒れる。 「ご……ごめんなさい」 「どうしておねえさんが謝るの? おれはすごく感動したのに」 「いやだってあんな……え?」  感動? と志織は驚いて顔を上げた。するとやたらと近い距離に青年の顔があり、咄嗟に半歩後ずさる。 「あの頃のおれはちょっと……家のこととかで色々あって、あんなバカな真似ばっかりしてたんだけど」  距離ができた分だけ青年も近付く。いやなぜに? と志織はもう半歩後ろに動いたが、踵が引っかかり身体が傾ぐ。うわ、と声を出すより早く青年が志織の腕を掴んで引き寄せた。 「あ、……りがとう」  とりあえず礼を言い、掴まれた腕を引き抜こうとするが動けない。チラリと視線を向けると、それに気付いた青年が名残惜しげに手を離した。  だからなぜに? と志織は内心落ち着かない。出会いがあったのは分かったし思い出した。しかしだからといって、こうも距離が近かったり接触が多いのは何故なのか。  まあ援交みたいな、というかまんま援交を持ちかけていた過去があるのだから、女性との距離も近いのだろうと結論付けると「違うから」と訂正が飛んできた。 「え」 「あんな下衆なことしてたけど、だからって誰彼構わず近付いたり触ったりしない」  なぜ思考がバレた、と驚く志織をよそに青年はさらに言い募る。 「おねえさんのあの言葉に、おれすごく感動したんだ」 「あれに?」 「それまで誰もあんな風に言ってくれる人いなかったから」  そりゃそうだろうと志織は思った。この青年もだが、もう一人もすこぶる顔の良い部類だった。イケメン二人に声を掛けられれば、まあ大抵は引っかかるだろう。志織は単に疲労困憊だっただけだ。 「おねえさんに言われて目が覚めて、それからちゃんと真面目にやろうって気持ち入れ替えて頑張って、会社立ち上げて」 「会社立ち上げて!?」  突然のパワーワードに志織は大きな声を上げてしまう。あ、と慌てて口を押さえるが、周囲にも聞こえていたのか視線が志織と青年に飛ぶ。 「え待って会社って……あなた、あの時十九歳でしょ……? あ、学生の内に起業したとかそういう?」 「大学はあの時もう卒業してたんだ」 「……はい?」 「飛び級でアメリカの大学出て」  そこまで言って今度は青年が短く叫びを上げる。 「あの、おれまだ自己紹介してなかった!」
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

122人が本棚に入れています
本棚に追加