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ゴウ、と電車がホームに入ってくる。その音でかき消えそうな物なのに、どういうわけか志織は元より周囲にも響き渡った様で一斉に黄色い声が沸く。
「は……はぁっ!?」
「あの時からおねえさんが好きで、おねえさんに相応しい男になれる様にって頑張ったんだ! 事業はまだ順風満帆ってわけじゃないけど、でも少しずつ利益は上がってるし、これからもどんどん展開していくから、おねえさんを養うのは大丈夫! あ、養うだけなら今すぐでもいけるよ、おれ貯金あるし! 学生の時に株とか投資で稼いだのと、あと家の手伝いでそれなりに報酬貰ってたから余裕でいける! でもおねえさんが今の仕事続けるっていうならそれを支えられる様にする。掃除洗濯料理も覚えたから、おねえさんが外で働いてる間に家のことはおれに任せて。おれの仕事は在宅でも充分なんだ」
ねえ、だから、おねえさん! 青年がそう一歩ずつ詰め寄ってくる。とんだホラー展開かと志織は心の底から泣きそうだ。
「おれと結婚して!」
トン、とホームの柱が志織の背に当たる。すぐ目の前には青年が立ち、このままでは身動きを封じられてしまうかもしれない。そんな恐怖に襲われながら、それでも何か返さなければと、志織は必死に脳を動かす。
そうしてポン! 浮かんだ言葉。それを考える余裕などあるはずもなく、志織はただひたすら青年に向かって叫んだ。
「ちょ……長者番付に載ってから出直してきて!!」
言った方も言われた方も、まさかすぎる言葉に動きも思考も止まる。しかしそれも一瞬で、先に動いたのは志織だった。
停車していた電車の扉が閉まる、その寸前志織はそう言い捨てて飛び乗る。
閉まった扉の向こうで青年が「おねえさん!」と叫んでおり、あまりにも悲痛なその声に一瞬良心が痛みかけるが、志織はブンブンと音を立てて首を横に振った。
無理だ、色々とこう無理すぎる。いきなり結婚を申し込まれたのも、その直前の「おれもおねえさんの知ってるし」という発言も。
どうにか記憶を手繰り寄せて思い出した二年前の青年の姿は、今とは見紛うばかりだ。服装が違うのは当然だが、それ以上に雰囲気が全く違う。それにあの頃は青年、とは言ってもまだ少年っぽさがあったが、今日再会した彼は幼さこそ残るものの立派な男性であった。
未成年と二十歳ではガラリと変わるっていうしな、と年の近い弟を持つ友人の話を思い出す。さらにそこからもう一年、であるならあの青年は二十一歳。顔付きも立ち居振る舞いもなにもかもあの頃とは別人だろう。
しかし、あそこまではないにしても志織もかなり変わったはずだ。髪はもちろん、化粧の仕方もあの頃よりはもっと上達したし、若葉マークの付いた社会人からやっと卒業できたはず。だいぶ落ち着いてきたねと会社の先輩や上司に言われる様になったのだから、少なくとも二年前、一度しか会ったことのない相手にそう簡単に認識されるとも思えない。
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