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 明日にでも職場に押しかけてくるかもしれない。いやそれどころか自宅に。もしかしたら今まさに向かってきているのかも。  そんな恐怖に襲われながら志織は一晩過ごした。幸い当日の自宅襲撃はなく、どうにか翌朝を迎える事ができたが油断は禁物。職場に向かう途中も、職場に着いてからも気が気ではない。気もそぞろになりながらもなんとか仕事を定時で終え、今度は帰宅するまで周囲を警戒する。  そんな日がしばらく続くが、数日、数週間、数ヶ月、と月日が過ぎればようやく志織も冷静になった。  なるほどあれは盛大にからかわれたに違いない。あの青年との出会いは確かにあった事だが、そこから派生しての結婚だのなんだのと言うのはきっとあの時の意趣返しだ。せっかく声を掛けてやったというのに、とんでもない返しで逃げられた事へ対しての。あの名刺にしたって適当に作ったものなのだろう。世界的大企業の創業者の名前、で驚かしにきたのだ。  うん、そう。きっとそう、と志織は一人納得する。  いくら腹が立ったにしろ、二年もかけてやり返すものだろうかとか、どうやって自分を見つけ出したのだろうかとか、その辺りについては深く考えない。ここを突き詰めるとどうしたって恐ろしい結論に辿り着いてしまう。  よし、忘れよう! 志織はそう自分に言い聞かせた。捨ててしまいたい彼の名刺は、しかし個人情報が載っているし、もし万が一の事があった場合、とクローゼットに付いている小さな引き出しの奥に封筒に入れて仕舞い込んだ。    そうやって日々を過ごし、月日が流れること五年。   すっかり名刺の存在も、青年自身の存在も記憶の片隅に追いやられ、再び消えかけたわけであるが――  現実は志織に何故か厳しかった。
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