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青年、襲来
いつもの様に出勤すれば、職場は朝から大騒ぎしている。同僚で友人の浅木真由子の姿を見かけ、どうしたのかと問いかければまさかの答え。
「買収……え!? うちが!?」
「そうみたい。前々から水面下では話が出てたらしいんだけど、それでも急に決まったって」
「え……え、でもうちよ? こんな……」
海外の雑貨も扱っているとはいえ、大企業という程の規模ではない。ここでしか扱えないブランドがあるわけでも、飛び抜けて業績がいいわけでもなく、買収した所でどんなメリットがあるというのか。
「っていうか、どこが買収なんてしたの?」
「TRIGGERって知ってる? インターネット事業で急成長した会社なんだって」
「名前は聞いたことある……ような?」
「アメリカとか海外が元々の市場だったんだけど、最近日本にも進出してるそうよ」
「外資系ってこと? ってか真由子詳しいのね?」
「今日朝一で書類片付けようと思って早く来たらさあ、課長達がわあわあ騒ぎながらそんな話してたの。あ、そこの社長? 自体は日本人らしいけど。かなり若くてイケメンみたい」
「そんな話まで出てるの?」
志織は苦笑しつつも、ほんの少し寒気に襲われた。一瞬脳裏に過ったのは、すっかり記憶から抜けていたあの青年の姿。
いや、まさか、そんなはずあるわけないし、と必死に言い聞かせる。
「どうしたの?」
急に押し黙った志織を不思議に思ったのか、真由子が軽く首を傾げる。それを「なんでもない」と志織は笑って誤魔化した。
ない、絶対無い、と脳裏に浮かぶ恐怖をどうにか振り払って過ごした一週間。志織はついにその日を迎えてしまう。
「おねえさん!!」
買収先の社長が急遽来訪する、という事でこれまた上司も部下も大慌てしている社内に、そんな叫びが響き渡った。
やめろ馬鹿! との怒声を振り切って総務課に飛び込んできたのはあの日駅のホームで会った青年で。
「おれ、言われた通りちゃんと長者番付に載ったよおねえさん!!」
志織に抱き付きそうになった所を、追いついてきた同じ年頃のスーツ姿の男性が必死に背後から押さえ付ける。
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