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「神崎く....神崎様、その....お時間今よろしいですか?」
夕暮れ時、フェンスに背を預け本を読む彼に声をかける。
すると彼は僕を一瞥すると、静かに本を閉じ「いいよ」と笑みを浮かべた。
恐る恐る近づく。だけどどれだけ近づいていいのかわからず、微妙な距離で足を止める。
「ふ....そんな怯えなくていいよ。五大家なんて呼ばれてるけど今の僕は君と同じいち生徒。様なんて付けなくていいし、敬語じゃなくてもいい。同い年だよね?」
「あっ、はい。.....2年の鳥羽と言います」
「鳥羽君ね。初めまして、図書委員長の神崎です。それで、僕になんの用かな?」
彼の話はよく耳にする。いい人やら、彼のおかげで仲直り出来たやら、褒めるような言葉だけがこの学園を飛び回っている。悪い話は聞いたことがない。
飛び回る話を聞く限り、きっと話しやすい人なんだろう。
でも、
赤く染まる空。色つきの丸メガネ。
.....配色のせいか、神崎君の瞳が見えない。だからか少し怖く感じる。口元は笑みを作っていても、目は笑ってないように感じた。
─────ザザッ
チ■ちゃん
─────ザザッ
雑音を振り払うように頭を軽く振り、一歩、二歩とさらに近づく。
「れっ、恋愛相談なんだけど.....っ」
声が裏がえる。心臓が破裂しそうなほど鼓動し、手も震えている。それでも現状を変えるために、僕は意を決して――
変わらない穏やかな表情を前にふと思った。
言っていいのだろうか?
彼は萩野君のように軽蔑しないだろうか?
いくら神崎君でも、流石に侮蔑を示すのでは?
ネガティブな思いが噴き出す。急速に話す意思が萎んでいった。
「.....」
「.....」
「.....そういえば、僕も最近悩みがあってね。僕はこの学園生活を静かに過ごしたいんだけど、なぜだか色んな生徒から相談されることが多くて....すごく困ってるんだ。相談事って普通友達にするよね?なんで話したこともない僕に相談するのだろうか?」
これは、暗に相談するなと言っている....?
「僕は君らの悩みに責任を持てないし、持つ気もない。だからテキトーなことをそれっぽく言って追い返してるんだけど.....これが上手くハマっちゃったらしくてね。どんどん相談者が増えてしまった。....まぁ、それで僕の対応を変えるのかと言ったら変えないけど。ぶっちゃけ他人の悩みなんてどーでもいいし」
「......」
「あ、この悩みは誰にも言わないでね?僕はどうやらここの生徒に精神的支柱を願われてるようだから。彼らが望む偶像でいなきゃいけない」
「......どうしてそんな事を私に?」
「うん?あぁ、僕が言いたいのはね......どんな悩み相談されても僕はテキトーなことしか返せないということさ。それでもいいなら喜んで都合のいいサンドバックになるよ」
神崎君って、こんな人だったんだ。何もかも完璧な人だと思っていた。
.....彼は真剣に悩みを聞いていない。なら僕も真剣に話さなくていいんじゃないかな?
「これは友達の話なんだけど.....」
「うん」
「友達がね、実の兄を愛してしまって、どうしても番になりたいって言うんだ」
「......」
「友達のその恋情はこの世界では受け入れられないもの。その思い、諦めるべきだと思う.....?」
自身の足元を見つめながら話す。神崎君はなんて言うのだろうか?願わくば萩野君みたいに笑って肯定して欲し――
「ねぇ、もう一度君の名前を教えて」
肩を掴まれ、咄嗟に顔を上げる。
なんで今、また名前を?
意外と近い距離に身体を後ろに引きながら戸惑った。穏やかな笑みはなくなり、一文字に結ばれた口元に目がいく。
「と、鳥羽。鳥羽 文貴....です」
「鳥羽。2年の鳥羽......実の兄.....」
「さ、さっきのは友達の話で――」
「────お前は3年の鳥羽 孝仁と番になりたいのか?」
「っ」
肩に置かれた手を振り払い数歩後ろに下がる。今、なにか神崎君の雰囲気が変わった?....気の所為??
目の前の彼は会った時と変わらない笑みを浮かべている。
「.......鳥羽 孝仁、ああ知っているよ。彼が居なかったら僕は図書委員長なんてできずに生徒会長をやらされていただろうし、3年の佐竹先輩は今よりもっと好き勝手していただろう。彼はこの学園の人気者だ」
「......」
「その鳥羽先輩か。それは好きになっても仕方ないね」
「!!」
「さっきの答えさ......僕は諦めなくてもいいと言うよ」
これはテキトーなんだろうか?それとも本心で言ってる?
「血の繋がった兄と番になりたい。それの何がいけないのかな?常識外れだから?倫理的によろしくないから?......ははっ、馬鹿らしいよなぁ!常識から外れた俺達が常識を守らなきゃいけないなんて」
「私達の存在は異能者の中では常識だよ....」
「無能力者と異能者の常識が違うなら、兄を愛する人間と愛さない人間の常識が違ってもおかしくないだろ?」
「屁理屈だそれは」
「はははは、そうか屁理屈か。俺からしたらお前らが語る常識、倫理観、道徳観こそが屁理屈だと思うがな。人を殺してはいけません、盗んではいけません、嘘を言ってはいけません、弱い奴には優しくしなさい....これが無能力者の常識だ。だがこの学園ではみな息を吸うようにそれらの行動が選択肢として頭に思い浮かべるだろ?騙し騙され殺す。それが俺たちの世界だからな。無能力者も異能者だからという訳の分からん理由でそれを受け入れている。殺人が起きた、犯人は異能者です。それを見た無能力者は口を揃えて言うだろうよ、「なんだ異能者か」と。何が常識だ、何が倫理、道徳だ。反吐が出る。俺たち異能者の存在こそがお前の言う常識がいかに無意味か証明しているようなものじゃねぇか。そんなあやふやな常識や倫理を律儀に守ってどうしろってんだ」
「.....つまり、周りの言う禁忌、不潔、否定は関係ないってこと?」
「ああ。そんな戯言捨ておけばいい。そいつらに別に迷惑かけてるわけでもねぇし。嫌ならソイツらが目を逸らせばいいんだ。.....常識なんてものは権力と時間があればどうとでもできる。それこそこの観式ができた時のようにな。なぁ知ってるか?この観式だって設立当時は反対されてたんだぜ。子供の殺し合いを是とする教育機関なんて誰が支持する?本来なら国民が総出で反対する代物だろうよ。でも今じゃどうだ?この学園を卒業出来れば将来安泰と持て囃され支持されているじゃねぇか!!権力者が非難の声を黙殺し、無能力者は自身に関係ないと目を逸らす。その結果がコレだ!」
「じゃあ私のこの気持ちは.....」
「間違っちゃいない。というかこの国の人間は誰一人として非難する資格はない。それに考えてみろよ....愛する人間を周りに奪われないよう、確かな愛で繋ぐ行為のどこが間違っているんだ?自分から離れていかないよう繋ぎ止める行為の何がいけないんだ?何も間違ってないだろ。テメェらが尊ぶ『番』ってのは本来そういうものじゃねぇか。それがただ血の繋がった兄弟が相手なだけで禁忌と異端だと言われるのはおかしいだろ!!」
息を飲む。神崎君の気迫迫る表情に頭に中で「彼の言うう通りだ」と納得の言葉がじわじわ広がる。
「ふーっ、.......僕は君のその感情を肯定する。間違ってないと断言する」
「.....」
「迷う必要はないさ、罪だと認めることもないさ。常識ではないと不安に思うこともないさ。僕が.....いや、この俺が認める。異能者の頂点に立つ五大家の神崎がお前を正常と認めるんだ。何も不安がる要素はねぇだろ。さっさと自分の常識を押し付けてこい。話はそれからだ。....ああ最後にアドバイス。お前からさらけ出さねぇと相手だって本音は話さないぞ」
その後どうやって寮に帰ったのか、気づけば自室の狭いベッドに伏していた。緩慢な動きで時計を見やる。....針は12時を指し示していた。
外の明るさからして日付が変わっているらしい。
頭の中でずっと神崎君の言葉がグルグル回る。
肯定、認める、正しい。
『間違っちゃいない』
─────ピンポーン
チャイムの音にハッとする。
スマホを見れば、いくつもの着信が届いていた。
重たい身体を引きずるように玄関へ。
ドアを開けると、案の定と言うべきか孝仁が焦燥滲む顔で立っていた。
「文貴.....私が悪かった。私の態度で君が傷ついたのは────知らない匂いがする」
匂い?パジャマを来ていることから、僕はちゃんとお風呂に入ったはずだ。あんまり記憶は無いけど。
「来て」
「ぁ」
腕を引っ張られ、パジャマのまま連れてかれる。生徒会長の特権であるカードキーでエレベーターに乗り込み、無言のまま孝仁の部屋へ。
「文貴から不快な匂い」
ソファに投げ飛ばされると、ほっそりとした白い手に肩を掴まれる。起き上がろうとした体はなんなくふかふかなソファに沈められ、ただ孝仁を仰ぎ見ることしかできない。
「.....怖いよ孝仁。匂いってどんな――」
「私以外のαの匂い。.....ぶつかっただけじゃこうはならない。相当近くじゃないと....誰?」
「か、神崎君....」
「神崎?どの神崎」
「図書委員長の」
「..................神崎 竜一に求められたの?」
求められた?そんなわけない!!
と、否定しようとしたが孝仁の表情が今にも消えてなくなりそうなほど儚ったため「あれ?」と踏みとどまった。
どうしてそんな顔をするの?
「私が神崎君に求められると、孝仁は困るの?だって、彼は五大家だよ。普通は喜ぶんじゃないの?」
「.......私は困るよ。もう文貴の世話が焼けなくなるからね。お兄ちゃんとっても寂しい」
ふと、神崎君の言葉を思い出す。
『お前からさらけ出さねぇと相手だって本音は話さないぞ』
あぁ確かに。自分は本音を言わないくせに、相手には求めるのってズルいよね。そりゃ孝仁だって濁すさ。
僕が話さなきゃ。
.....本当の気持ちを伝えて、孝仁引かないかな?軽蔑しないかな?気持ち悪いって言わないかな?
『異能者の頂点に立つ五大家の神崎がお前を正常と認めるんだ。何も不安がる要素はねぇだろ』
ネガティブな考えがスーッと消えていく。
あはは、みんなが神崎君に相談する理由わかったかも。誰だって、手の届かない存在に背中を押されたら勇気が出る。それこそ今の僕のように....
「孝仁、ねぇ孝仁」
珍しく下手くそに笑う孝仁。そんな彼の手をギュッと握る。
「私は孝仁のこと、大好きだよ。神崎君よりもずっと」
「っ、ぁああ。私も文貴が大好きだよ」
「私の好きは.....家族に向ける好きと違う。友達に向けるものとも違うもの」
「はっ、えぁ、ふみっ」
「孝仁と恋人みたいに手を繋ぎたい。キスも、したい。セックスも.....あと、あと.....つがいに――」
「文貴っ!!!」
叫ぶように呼ばれて、身体が跳ねた。拒絶されるのではないかと恐怖に息が荒くなり、顔がなかなか上げられなかった。
口をまごまごさせながら、なんとか「ごめんなさい」と謝る。自分でもなんで謝ってるのか分からなかった。
そんなパニック状態の僕を孝仁は抱きしめた。
ギュッと、強く。かき抱くように。
「文貴、鍵....ちょーだい」
「か、ぎ......?」
かぎ、鍵?
なんの――
その時、孝仁の手が僕の赤い首輪に触れた。温もりが消え、少し寂しく思ったが孝仁の僕を見る目を見た瞬間そんな寂しさは吹き飛んだ。
そこにはただ一人のαが居た。
優しさの欠片もない支配者の目で、
僕を、
見下ろしている。
─────ザザッ
─────ザザッ
なぁ■斗
─────ザザッ
─────ザザッ
壊れてくれるなよ?
─────ザザッ
─────ザ.....
よぎる映像を見て見ぬふりして、僕は鍵を差し出した。
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