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《no side》
兎道 湊都は困惑でその場から動けずにいた。
向かいの席で日井島 颯希が鳥羽 文貴の頭目掛け、『何か』を振り下ろそうとしたのをこの目で捉えたが.....次の瞬間には頭上から誰かが降ってきて、テーブルが粉々に。
テーブルの破片が舞い、突然のことに驚いて反射的に目を守ろうと手をかざした。
全てが一瞬の出来事だった。瞬きのうちに起こった、湊都にとって防ぎようのないもの。
守るために上げていた手を下ろすと、テーブルと食器は無惨に割れ散らばり、文貴だけが項垂れるように腰掛けていた。
颯希と燈弥の姿はない。
誰が降ってきた?
颯希は文貴に何をした?
燈弥はどこいった?
状況理解のため、しばし硬直していた湊都は耳に届いた剣戟の音で我に返る。
そこでやっと自分達が襲撃を受けたのだと気づき、即座に魂写棒を握って臨戦態勢に移った。
────ガタッ
「文貴....」
急に立ち上がった文貴を前に、安堵混じりに名前を呼ぶ。しっかりとした佇まいで見たところ怪我をしている様子もない。
ただ....ただ少し、雰囲気がいつもの文貴では無いような気がした。
だがその違和感はすぐさま頭の隅に追いやられ、ヴァイオレット色の瞳は消えた燈弥を探すべく文貴から逸らされた。.....まぁ探す手間など無いに等しく、燈弥は簡単に見つかったのだが。
剣戟の発生源。そこに燈弥は居た。
相手は湊都にとって見たくもない顔。ここからじゃどちらか判断できないが湊都の天敵『鎖真那』で間違いない。
食堂に居る生徒達は鎖真那を見るなり、蜘蛛の子を散らすよう我先にへと出入口から逃げていった。その様子に、自身も逃げなくちゃと焦りを覚える湊都。しかし友人達を置いていくことは出来ない。
心配するように燈弥に目を向け、だが『鎖真那』の浮かべる表情に血の気が引いていく。
愉悦に歪んだ笑み。それは湊都のトラウマとなった記憶を掘り起こす。体育祭。無実の人。赤がこびり付いた魂写棒。恐怖に涙する被害者。生を乞う哀願。
そして、やわい命を押し潰す感触。
「ぅぷっ.....!!」
酸性の液体が喉奥からせり上がってきた。口元を抑えてなんとか耐えるが、何度も甦る記憶に吐き気が治まらない。視界も狭まり、暗い穴に独り落ちていくような無力感と恐怖に襲われた。
(誰か、)
助けを求めるように潤んだ瞳は燈弥を求める。湊都にとっていつだって燈弥は頼りになる友人である。自身が恐慌していた時も、ヘマをした時も、いつもいつもいつも彼がなんとかしてくれた。
現に今、燈弥は鎖真那を吹っ飛ばした。
トラウマ的存在を見事に吹っ飛ばす姿を見て湊都の心はいくらか持ち直す。
何故だろうか?
燈弥の立ち振る舞いを見ていると『しっかりしなきゃ』と心が奮い立つ。くよくよしてる暇なんて、足を竦ませている余裕なんてないんだと叱られているようにも感じられ、頭のぐちゃぐちゃした感情が引いていく。
過呼吸のように荒かった息がだんだん小さく、ゆっくりとしたものになる。
落ち着くにつれ、湊都の丸まっていた背筋がピンと伸び、逃げるように俯いていた顔はしっかりと前を向く。
吐き気はもう治まっていた。視界も広がり、現状が良く見え────
「よォ、湊都。お前も野次馬か?」
突然降ってきた声に振り向きざま揺蕩う刃を薙ぐ。
しかし途中で腕を掴まれ最後まで薙ぐことが出来なかった。咄嗟に足を振り上げ金的を繰り出す。昔の湊都なら『異世界にいるんだから異能と剣で戦うだろwなんで金的ww』と言い絶対に繰り出さないだろう攻撃。
しかしこの世界で辛酸を嘗めた湊都に選り好みする余裕はない。
なりふり構わない正確無比な蹴りは、しかし――
「......人生2度目だ。タマヒュンを経験したのは」
風によって阻まれた。
湊都の攻撃を2度防いだ白髪の大男は、湊都の小さな肩を馴れ馴れしく抱き、蹴る・殴るの抵抗を何処吹く風で無視しながら近くの席にへと一緒に腰を下ろす。
当然湊都は食ってかかる。たとえ相手が恐怖する天敵だとしても。
「なんなんだよ!!?はなせっ、俺は燈弥と文貴を連れてここから――」
「鳥羽への対応を見誤ったな。ほら、燈弥が落ちるぞ」
クツクツと噛み殺すような含み笑いをしながら男――否、雅臣が指を指す。
指の先、釣られるように顔を向けた湊都は自身の視界に映る光景に咄嗟に腰を浮かせた。
だが大きな手によって抑え込められ席に逆戻りする。
「やめろーーーっ!!!」
手足をバタつかせ死にものぐるいで叫ぶ。それでも肩にかけられた腕はビクともせず、燈弥が颯希の持つ『なにか』に頭を貫かれるのを無様な格好でに目にすることしか出来なかった。
「死んでねぇから安心しろ。まずはこっちだ」
安心しろと言われて安心出来るほど湊都と雅臣の間に信頼関係はない。それでも力がなければ意見することも、自分の意思を貫くこともできないのがこの観式学園だ。燈弥のそばに駆け寄ることも許されず、顎を掴まれ強制的に視線の向きを変えられた。
「本当はオレが戦いたいが.....相手があの鳥羽となりゃ流石に空気を読むぜ。ここで邪魔するなんざ野暮もいいところだ。それに.....こんなおもしれぇカードは滅多に見れねぇ」
「......会長?なんで、ここに」
燈弥への心配を上回る疑問が湊都の口からついてでる。
生徒会専用の軍服を着崩し席に座る神崎 竜一その人が居た。
性格が豹変した後の神崎 竜一は食堂にも来ず、滅多に生徒の前に姿を見せない。湊都自身、彼を目にするのは学祭の美コン以来.....つまり約3ヶ月ぶりである。
校内でも『会長』の話はすっかり聞かなくなった。かつて壇上するだけで生徒を沸かした人気は今や見る影もなくなり、元々そんな人間はいなかったかのように誰も会長の名前を口にすることはない。
しかし一時期、勇気ある生徒が会長に話しかけたという話が出回り風紀で話題となった。ちょうどその現場を見たという風紀委員は「会長、まるで相手が見えていないみたいに素通りしてったんだよなぁ」と心底不思議そうに言った。
湊都からしてみれば予想通りという他ない。それほど今の会長は他人を拒絶している。
『拒絶?違ぇよ。アイツの世界には端から一人しかいねぇんだ』
珍しく会長関係の話に入ってきた永利。彼が忌々しそうに顔を歪めながら言った言葉が強く印象に残っている。
そんな他者を認識しようとしない男がなぜ今、この食堂にいるのだろうか?
そして、なぜ文貴は一直線にそこへ向かう?
湊都は迷いの無い歩みをする文貴の横顔に釘付けになった。
瞳孔は開ききっていて
身体は怒気を纏いながら震え
全体的に殺気立っている
なのに
悲哀に染まった瞳からは大きな涙がポロポロ流れ
耐えるように歯が食いしばられている
でもそれは悲しみを耐えているのではなく
悔しさを噛み殺しているようで.......
(ああ、見たことある気がする。この表情)
『でも、でも潰された。全部ぜーんぶ潰された。僕の幸せは殺されたんだ』
『憎い。憎い憎い憎い。殺したい。惨たらしく殺したい。殺したいと思って当たり前だよね』
そうだ。表情は悲しみに、だけど言動は怒りと殺意に満ちていたあの姿は――
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