命尽きるまで貴方を想ふ②

7/16
前へ
/437ページ
次へ
「文​────」 「余計なことすんなよォ~。おれっちがせっかく体張って燈弥ちゃん再起不能にしたのに」 「お前はただの足止めやろ」 「は?おれっちが居なかったら燈弥ちゃんに指1本触れれなかったくせに何言ってんだよ。ってことで、おれっちの手柄~!」 文貴の名前を叫ぼうとして、大きな手に口を覆われる。その手の持ち主は独特な一人称を使う男で、男への心当たりある湊都は体を小刻みに震わせた。 「重臣....兎道君から離れろや。今にも死にそうな顔しとるで」 「えぇ?おれっち湊都にようなことしたかぁ?全然心当たりねぇんだけど」 「お前らうるせぇぞ。....って、随分なザマだな重臣」 視界を塞がれプルプル震える湊都を面白そうに見下ろしていた重臣は片割れの言葉に表情を苦いものに変えた。また、興が削がれたようで湊都から離れた彼は投げやりな態度で椅子に腰を下ろす。 「燈弥ちゃんが強いのは察していたけど、あんな面倒臭い異能を持ってるとは思わなかった。おれっち痛いの嫌いなのによぉ....こんな怪我負うなんて予定外だぜ」 そう言って重臣は頭から滴る鮮血を拭った。雅臣に気にいられていることから一定の強さを持っているのは察していたが、まさか自身に真正面から挑んで押し負けず、あろうことか張り合える異能を持っているとは思っていなかった。 それに拳を交わして尚その異能の正体を掴めずにいる。 「颯希ぃ、おれっちにここまでさせたんだ。燈弥ちゃんをどうするつもりか詳しく教えろ」 「.....お前、知ったふうに口きいてたくせに本当は知らなかったのか」 「いや聞いてた話とちげんだよ。颯希が燈弥ちゃんに異能使って少しの時間大人しくさせて全身の型を取るとかなんとか.......聞いてたのはそんな話。でもこの場にいる役者見れば絶対そうじゃないだろ」 食堂で事を起こすと聞いていれば直ぐに颯希の言葉は嘘だと分かるはずなのだが、こいつの頭では食堂で全身の型を取ることは常識の範囲内なんだな.....。と、片割れの常識が自身より遥かに逝っていることに小さく雅臣は笑った。 決してバカにしてるわけではない。ただ重臣が自由を謳歌していることを嬉しく思ったのだ。 常識が逝っているというのは、すなわち、誰よりも好き勝手に生きているということの証。それは雅臣と重臣が望んだ生き方だ。 気分を良くした雅臣は颯希に目を向ける。ここで嘘をついたら潰すという敵意を乗せて。 「.....おぉ、怖。僕が嘘言うたんはそりゃ悪いけど、そんな脅さんでもええやん。は〜参った参った。ちゃんと話すから、その怖い顔しまってや」 雅臣の敵意を正しく読み取った颯希は恐る恐るこちらに目を向けている湊都に意味ありげに笑みを返し、勿体ぶるように口をゆっくり開いた。 「シンプルなことやで?僕の行動は一貫して欲しいものを手に入れるためのもんや」 颯希は左手を見せびらかすように掲げた。まるで戦利品を見せびらかすように嬉しそうな顔で。 左手。その中指に先程はなかった指輪が嵌められている。シグネットリング.....その最も出っ張っている部分に茎から小さな葉が所々生えている植物『タイム』が描かれていた。湊都はその植物の名を知らないが、精巧に彫られた指輪を前にえも言われぬ不思議な感覚を覚える。 もちろん初めて見る指輪。だが、なにか記憶に引っかかる。 そんな湊都を他所に話は進む。 「お前はいっつも抽象的だな。オレが聞きたいのは鳥羽に記憶戻して燈弥に記憶――おい、待て」 「颯希って燈弥ちゃんの記憶奪ってたっけ」 「いんや、奪っとらへんよ」 「じゃあ今さっき奪ったのか?まさか、オレの記憶抜いてねぇだろうな」 「なんで僕がお前の記憶抜かなアカンねん。って、ほら見てみぃ。始まるみたいやで」 颯希の異能についてある程度知っている2人は戻す記憶のない燈弥が『改竄の刃(コル・アルタ)』で貫かれた理由を問い詰めようとした。 しかし颯希はのらりくらり躱すと、指をさして文貴と竜一に注意を逸らした。 向かい合う2人。ひとりは燈弥に依然目を向けたまま頬ずえをつき椅子に腰かけている。 もうひとりはテーブルを挟んで数メートル離れた位置で魂写棒を握りこんでいた。 雅臣達の居る場には会話こそ聞こえないが、緊迫した空気は伝わってくる。 そして、魂写棒を握った文貴が床を蹴った。 「......本当は依頼には無かったんよ。燈弥君の記憶を触るんわ」 青い炎が舞い、警棒によって抉られた床の破片が宙を跳ねる。2人が戦う光景を眺めながら颯希はポツリポツリと語り出した。 「僕が受けたんは鳥羽君に奪った記憶を戻すことだけや。処分しろ言うたんは彼なのに、今度は戻せって....ホンマ人遣いが荒い人やで彼」 「元々彼と面識なかったんよ?僕。なのにある日急に呼び出されて......なーんでバレたんやろなぁ。決定的瞬間とか見られとらんはずやけど、初対面なのにコレクターとバラされたくなければ薬よこせ言うねん」 「薬もなんで知っとったんやろ?誰にもまだあげたことないねんけど。はぁ~、そっからはズルズルズルズルいいように使われて....ホンマ僕可哀想やわ。え、この話はどうでもええって?」 「なんの話しとったんやっけ僕.....あ、そんで燈弥君になんで異能つこたかやったね?言うとくけど、僕は彼の記憶奪ってない」 「んー、みんな想像して欲しいんやけど....突然自分の脳内に他人の記憶が流れ込んできたらどうなると思う?」 「他人の記憶言うても一生分やで?生まれてから今に至るまでの全ての記憶。それが一気に流れてくるんや」 「好奇心から試してみたんやけどな。どーれもこれも自分が潰れてまったんよ。プチっと」 人差し指と親指を重ね颯希はケラケラ笑う。目の前で命のやり取りが行われている中、軽薄さを含んだその笑い声はやけに響いた。 「そりゃそうや。コップ一杯の水....そこに新たに水を注ぐんやから。元々入っていた水は押し分けられ、縁から溢れる。ひゃっはっはっはwなら目覚めた時、そいつは誰になるんやろなぁ?」 「注がれた記憶と、残されたごく少量の元の自分。多く残された方が主人格になると思うやん?でも違うんよ」 「どーにも急な情報の奔流に脳が耐えきれんらしくてなぁ、誰も彼も廃人になるねん」 「ひゃっはっはっは。最後は自分が誰かも分からず植物状態ってわけや」 一通り話し終えたのか、颯希はテーブル上に置いてあった水差しから水を注ぐと一杯あおった。 そこで雅臣は口を挟む。 「で、燈弥を廃人にして手に入れようってか?」 「そや」 「上手くいかないに1万」 「んじゃおれっちは上手くいかないに10万」 「ばぁか。同じ方に賭けても意味ねぇだろ」 「....なんや、君らは燈弥君が自分を保てると思うてんの?」 「あったり前だろ。なんならオレ10万に賭け直すわ」 「わかってねぇなぁ颯希は。相手はあの燈弥ちゃんだぞ」 「ふぅん?なら僕は自分を保てへん方に30」 「いひひひw」 「かっかっかっか!」 「ひゃははっw」 「「「賭け成立」」」 「んで、誰の記憶を入れたんだよ」 「それは彼が目覚めてからのお楽しみやな」 湊都は自身の側に座るこの3人が恐ろしくて仕方なかった。人の記憶を弄れる異能を持つ颯希に、それを平気で受け入れる双子。あまつさえ、人格が壊れるかどうかで賭けをしている。 颯希の言う『彼』が誰なのか、燈弥を壊して何をするのか、どうしてこの双子は笑っていられるのか、湊都は分からないことだらけである。 唯一分かるのは、ただこの3人が狂っているということだけ。 彼らに囲まれていると恐怖で頭が可笑しくなりそうだ。だから湊都は必死に願う。 (芙幸、清継、将翔、文貴、燈弥..........俺に勇気を....!) この狂気に立ち向かうための勇気を。 湊都の魂写棒『揺蕩う刃(シェイカー)』は傷つけた対象に望む幻覚を魅せる異能だ。それは湊都の人と争いたくないという優しい性格から発露したもの。 では第二の.....遠い昔のことに感じるが、転生の際に管理人から授けられた第二の異能。それは湊都の腹を決めた強い意志から発露したものである。 震える手で魂写棒を握り、湊都は意を決した。 「始動​───」 その時、カッと眩い光が食堂を包み視界を白く染め上げる。 そして湊都は知る。 己に必要なのは、決意や勇気ではなく 咄嗟の『判断力』なのだと。 《side end》
/437ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2944人が本棚に入れています
本棚に追加