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《side 鳥羽 文貴》
スーッと、鼻いっぱいに空気を吸い込み
ひと思いに吐き出す。
今まで靄がかかった思考が、嘘のように明瞭で澄み渡っている。.....語弊か。数分前の私はそれが正常だったんだ、自分でも自分の思考が靄がかっているなんて自覚はなかった。
でも今の私ならはっきり断言出来る。今の私こそが正常だと。
なんで、忘れていたのだろう?なんで、のうのうと生きていたのだろう?
私にはやるべき事があるのに。
目を閉じればつい先程の出来事のように思い返すことが出来る。愛しい人が塵になっていく姿を。骨も残さず、空に溶けていく姿を。
そして、口元に笑みを浮かべる化け物の姿も。
真っ暗闇の過去から眩い光を放つ現実へ目を向ける。視線の先、2年前とは別人のような男が頬ずえをつき腰掛けている。命を奪える距離に私がいるというのに、その目は私を映そうとしない。
殺すべき男。
憎むべき男。
ああ、2年もこの激情を忘れていた自分が許せない。
死んだように生きていた自分が信じられない。
「......私は誰とメールをしていたのか、私の記憶を奪った人が誰なのか.....気にはなるけど今は捨て置く」
たった一つのことに全てを懸けよう。私は孝仁みたいに器用じゃないから。
手に持つ魂写棒を力強く握り込む。今度こそ、今度こそアイツの頭をかち割ってみせる。
腕がなまっていないか確認するように軽く警棒で地面を叩けばスポンジのように凹んだ。....なまるどころか以前より力を増している。
「ふ、ふふふふ。───殺す」
地面が抉れるほどの威力で床を蹴る。数メートルあった距離は一瞬で無くなり、眼下に怨敵が現れる。
叩きつけるように警棒を振り下ろす。
大きな音を立てテーブルと椅子が真っ二つに割れるが、望みの潰れた柘榴は見当たらない。
まぁ、神崎だからこれくらい避けるか。
「あぁ、お前か。なんだ、夢から覚めたのか」
「誰かさんのおかげでね。頭が冴え渡っているよ」
「そうかそれは良かった。で?まさかまだ俺を殺そうとしているのか」
「自分のした行動を振り返れば己のした質問が愚問だと分かるでしょ」
「神崎に刃を向けるんだな?」
「神崎じゃない、神崎竜一個人に向けるのさ」
「変わんねぇよ。.....はぁ、どうやら左腕だけじゃ足りないようだ。来いよ。俺に刃を突きつけた代償を払わせてやる」
神崎の目はまっすぐ私を見ていた。愚か者を見るような侮蔑の眼差し。
奴の視界を遮るものはない。口より目は雄弁に語るというが、まさにそうだ。
神崎 竜一にどのような心境の変化があって、人格を変えたのか心底どうでもいいが、あの眼鏡を外したことは喜ばしい。
死ぬ間際まで、その瞳に映る恐怖と悔恨を見れないなんて、これほど悔しいことは無いから。
だから、最後まで私はお前から目を離さない。お前が死ぬ間際まで。
「始動『殲滅の刃』。さて、お前の大好きな番のように燃やし尽くそうか」
「『添灯夢氏』。叩き殺す。懺悔は地獄でしてね」
互いに地面を蹴った。
警棒を振るうと金属音を響かせ太刀がそれを弾く。
何度か打ち合い、そして内心首を傾げる。
.....おかしいね。私の振るうテントウムシを真正面から受け止めるなんて。
私が今まで警棒を使わず素手で戦ってたのは、警棒だと加減できず叩き殺してしまうから。だから素手で戦っていたんだ。
それなのに神崎は真正面から私の警棒を弾き飛ばす。力はこっちの方が......いなしてるのか!!
神崎の持つ技量に苛立ち心がザワつくも、神崎だから当たり前だという納得で苛立ちをねじ伏せる。
激情すれば動きに精彩を欠く。それは左腕を代償に得た知見だ。
「.....そういえば貴方にも兄弟が居るんだよね?孝仁と違って、貴方の思いを拒絶した兄弟が」
そう、激情すれば動きが読みやすくなる。それは神崎にも当てはまることだ。
彼の触れられたくない部分をつつく。すると、ほら....顔色が変わった。
「孝仁を殺したからといって、その事実は覆らない。私と孝仁がつがった時点で、貴方のその願いは惨めな妄想となったんだよ。貴方こそいい加減夢から覚めるべきなんじゃない?」
プチり
そんな音が神崎から聞こえた。
変化は劇的。
神崎は私の警棒を弾くと、懐に入り込むように一歩踏み出す。近くなったせいで彼の太刀筋を一瞬見失うが、彼の目が私の首を捉えて殺意に揺らめいていた為、咄嗟にしゃがむ。
青い炎を纏った刀身が頭上の風を切った。
焦らず、冷静に太刀の振り終わりを狙ってそのまま膝めがけ警棒を叩きつける。
───ガッ!!
硬い感触。彼の足を氷が覆っていた。
戦闘狂のような異能の使い方.....!ただ、戦闘狂より生成が幾許か遅い。
活路を見いだし、すぐさま行動。
そのまま神崎の足に手をかけ思いっきり引っ張り、転んだところを狙って足で踏み抜く....が、彼は転ばずするりと立ち上がり私の視覚外から太刀を振るった。
.....殺気でどこから攻撃が来るか丸わかり。挑発したかいがあったなぁ。
横腹目掛け薙ぎ払われる太刀をいなして、腹部に突きをかます。
────ガキンッ!
~っまた氷。ええい、このまま押し通る!!
体重移動のまま腕に力を込めれば音を立てヒビ入る氷のプロテクター。
「チッ」
正面から舌打ちが聞こえた。次の瞬間、神崎は後ろに吹っ飛ぶ。
....手応えがない。自分から後ろに飛んだな?
未だ攻撃は通ってないが、私の攻撃は確かに通用している。
ならここで畳み掛ける――!
「っ、」
追撃に出ようとしたが、私と彼を挟むように青い火柱が立ち、すんでのところで踏みとどまる。
.....シンプルに性能が凶悪なんだよね、彼の異能。
逆上し動きが単調になっても、性能でゴリ押しされる。青い炎で牽制され氷でブロックされる。
嗚呼もどかしい。
決定打を決めれず、攻めあぐねていると神崎が苛立ちの声と共に髪をかきあげた。
「っはー、こっちは酷い頭痛であんま動きたくねぇってのに....めんどくせぇ。抵抗すんじゃねぇよ」
『馬鹿を言わないでよ』そう口を開こうとしたが、彼の払った刀身から青炎が鞭のように伸び、咄嗟にその場から飛び退く。
青い鞭によって抉られた地面には小さな青炎が燃え残り、地面をしばらく炙った。
これは、厄介。見るからに触れたらアウトな炎が燃え残るということは、私の機動力が落ちるということ。....もし、この炎が使用者にも牙を剥くならやりようはあるんだけど――
そうであってくれと願いを込め、神崎を見やる。
彼は右手に太刀。左手に青く燃える鞭を手に持っていた。
.....ふ、使用者には無害か。
「さて、第2ラウンドだ」
「それはズルいんじゃない......!?」
敵の手数が増えた。
それは頭を抱えるべき状況の悪化。さっきまでこちらが押していたのに、当然のように逆転している。
隠す気のないあからさまな殺意のおかげでなんとか攻撃を捌けているが、いつまでもこれが続くと過信するのは危険だ。どうにかしてこちらから仕掛けないと.....。
そこでふと、自身の左腕が視界に入った。
無機質な機械の手(といっても機械らしからぬ手触りなんだけど)。
今日つけてるのはどんな効果のものだっけ?
閃光弾?ナイフ?爆弾?催涙ガス?
あぁ、もう。テキトーに選んでつけたから全然分からない。
.....それでもやるしかないか。
孝仁、見ててね。
必ず神崎をこの手で殺すから。
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